3.北条を騙します | ||||||||||||||
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一方、相模等の戦国大名・北条氏政(ほうじょううじまさ)のところにも異なった二つの知らせが伝わってきました。
「信玄が死んだそうです!」
「いえ、病気で甲斐に引き返しただけだそうです!」
氏政は困りました。
「えーい!どっちなんじゃ!?」
氏政にとって、長兄は最強の同盟国当主です。
生きているのと死んでいるのとでは、正反対の判断を下さなければならないわけです。
「甲斐に風魔(ふうま。忍者)を遣わすか?」
彼の弟・北条氏照(うじてる)は言いました。
「いえいえ。われわれは同盟国なので、正々堂々とお見舞いに行き、じっくりしっかり生没を確認したほうがよろしいかと――」
こうして北条の使者が甲斐に遣わされました。
「信玄公のお見舞いに参りました」
使者は北条家中のきっての知恵者・板部岡江雪(いたべおかこうせつ。江雪斎)――。
内政及び外交に通じ、後にはその才覚ゆえに豊臣秀吉や徳川家康の話し相手も務めた、東国随一ともいえる知識人です。
何度か甲斐にも来ており、当然、長兄の顔も見知っていました。
つまり、武田家にとってはトップシークレット(最高機密)発覚の大ピンチということなのです!
「なにぃぃー!北条から、よりにもよって板部岡が来ただとぉぉー!」
勝頼以下、穴山・一条ら親族衆は仰天バタバタしました。
「どーするんじゃ!?」
「相手は名うてのキレ者じゃ!だまし通せるはずがない!」
「ああ、もはやお館様の死は、隠し通せないのかー!」
「今知られたら、北条は即座に敵に回るぞー!機に乗じて侵攻してくるぞー!」
「すでに織田・徳川もお館様の死を疑っていると聞く」
「四面楚歌(しめんそか)じゃー!武田家も終わりじゃー!」
親族衆は悲観しましたが、私は平然と言いました。
「大丈夫じゃ。板部岡さえだませばすむことじゃ」
「それができれば、騒ぎませんて!逍遥軒殿は鏡を見たことがあるでしょう!?
いくらお館様にソックリでも、その丸出しのバカ面では雰囲気までマネをすることはできないんですよっ!」
「いや。家臣たちはまだ気付いていないようだが――」
「もうとっくにバレてますって!家臣たちは気を使っているだけですよっ!」
「なんだつまらん。でも、板部岡はだます自信はある。私に考えがある」
私はその策を、勝頼の耳元でコショコショと明かしました。
「うーん、なるほど」
勝頼は厳しい顔で確認するように何度もうなずきました。
「何〜?」
「教えてよー?」
明かされなかった穴山と一条の不安はますます増すばかりでした。
甲府に着てから、板部岡は何日も待たされました。
供の者はいぶかしがりました。
「信玄公は会えないほど重病なのでしょうか?」
板部岡は鼻で笑いました。
「いや。信玄はすでに死んでいる。だから困っているのじゃ」
そうです。板部岡は見抜いていたのです。
「武田家の家紋『四つ目菱(武田菱)』の秘密を教えてやろう。なぜ四つなのか?――それは、武田家の当主には三人の影武者がいるということじゃ。つまり、信玄にも万が一のときのために三人の影武者が用意してある。話の出所は先代信虎じゃ。間違いあるまい」
「と、いうことは、その影武者の一人が信玄公のふりをして出てくると――?」
板部岡はうなずいた。
「そうじゃ。おそらく、実弟の逍遥軒信廉が出てくるであろう。何しろソックリというからな」
「ソックリですか。見分ける方法があるのですか?」
「ある。ソックリなのはパッと見だけじゃ。鬼神信玄の雰囲気までマネすることは不可能じゃ。そして時折垣間見せるというバカ面。これが一時の間に何回もポッポと出てくるそうな」
「ププッ! で、ニセモノとわかったら、どうしますので?」
「当然、甲斐侵攻だな。上杉や織田や徳川にくれてやることもあるまいて」
そのときちょうど、武田から使者が来ました。
「板部岡様。お館様が今夜お会いになると」
「そうか」
板部岡は供の者にニンマリ笑いかけた。
「では、御尊顔を拝見しに行くとするか」
「行ってらっしゃいませ!」
まもなく板部岡は長兄の病室――、つまり、私の寝所に通されました。
「板部岡様、参られました」
「おお、そうか」
私は起き上がって筆を取りました。
「氏政殿へ書状を書かねばならぬな」
板部岡は平伏しました。
平伏しながらも、私の雰囲気をうかがっていました。
私には、ドドーンとした存在感がありました。
ビリビリとした緊張感が周囲を圧倒していました。
板部岡は不思議がりました。
(何じゃ、この圧倒的な緊張感は……!?)
私は板部岡に手招きしました。
「もう少し近くへ」
板部岡はにじり寄りました。
近づくほどに、私のバチバチとした強烈なオーラを痛いくらいに感じているようです。
「顔を上げよ、板部岡。久しいのう」
板部岡は思い出しました。
(そうじゃ、バカ面を見なければ――)
彼は顔を上げました。
その先に、私が座っていました。
鬼神のような甲斐の蹲虎(そんこ)が、百戦錬磨のものものしい後光をまとって鎮座ましましていました。
板部岡は震え上がりました。
「ほっ、ほほっ、ホホホーッ、ホンモノォーーー!!!」
彼は一瞬にして恐怖絶頂心拍大沸騰、ムンクの「叫び」、ヘビににらまれたカエル状態になってしまったのです!
私はニヤリとしました。
板部岡はぺちゃんこになりました。
「へ、へへーっ! 恐れいりやんしたーーーっ!!!」
会見は終わりました。
表で供の者がワクワク待っていました。
供の者は楽しそうに板部岡に聞きました。
「どうでした?バカ面、拝めました?」
「なになにー? ハーッハハッ! ひーっひーっひひ!」
板部岡はしばらくの間、壊れていました。
相模へ帰った板部岡はマジな顔をして氏政に報告しました。
「信玄入道の病気はさほど重くはありませぬ。重病説や死亡説というものは、信玄入道の策略でございましょう。再びあの恐怖の采配が見られる日は、そう遠くはありませぬ。くわばらくわばら――」
一方、甲斐では親族衆が喜び合っていました。
勝頼は大笑いでした。
「ヒーッヒッヒ! あの板部岡の震え上がりようといったら、傑作だった! あんなにうまくいくとはっ!」
納得いかない穴山が、私に聞きました。
「逍遥軒殿はいったい何をされたのか?」
私は答えました。
「なーに。真剣に絵を描きながら板部岡に会っただけじゃよ。向かい側のヤツからは書状を書いているように見えたのであろう」
そうです。
私は昔、母・大井夫人が言ったことを覚えていたのです。
『信廉は普段はバカ面をしていますが、絵を描いているときだけは晴信にソックリですね』