3.太鼓の達人 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2021>令和三年8月号(通算238号)二刀味 二刀流考案3.太鼓の達人
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新免弁之助は夜の宮本村をさまよった。
ぴーひゃらぴーひゃらぴーひららら。
笛の音が聞こえてきた。
どん! どん! どどん!
太鼓の音も耳に入ってきた。
弁之助は思い出した。
「そうだ!今夜は秋祭りだった」
弁之助は祭囃子(まつりばやし)に誘われるように荒牧神社に入っていった。
境内には村人が集まっていた。
弁之助を見ると口々にうわさした。
「あら、すごい汚い坊やが来たわよ」
「新免無二んちの小僧だ」
「こっちに来たぞ!」
「目を合わせるな! 殺られるぞ!」
「クッサ! 風呂入ってるんかい!」
「生まれてこの方、風呂には入ったことはないそうな」
「とんでもねーツワモノだな!」
「さすがは飲んだくれ暴力牢人の子だぜ!」
弁之助はうわさなんか聞いていなかった。
どん! どどん! どどどんどん!
ただただ、太鼓の音に吸い込まれるように近づいていった。
太鼓を打っていたのは、荒牧神社の宮司だった。
宮司は弁之助の視線に気づいて一瞬ぎょっとしたが、彼が熱心に見入っているのを見て、打ち方を変えた。
たったらたったらたったららん!
たったらたったらたったららん!
ちらと見やると、弁之助はまだガン見していた。
体を揺らしてリズムまで取り始めた。
宮司はますます調子に乗って太鼓を打ちまくった。
どんたらった! どんたらった! どんどん! たらった! どんたらった!
てってれー! てってれー! てけてけてけてけ!てってれってれー!
(やべー!)
弁之助は感動した。
(鬼やべー!)
太鼓の音色に飛び跳ねんばかりであった。
(おもしれー! ゴン攻めだぜ! ビッタビタに決まってるぜ!)
しかし、弁之助にはわからなかった。
(たとえるなら、笛の音色は糸だ。いくら美しくても線に過ぎない。ところが太鼓はどうだ?空間じゃないか!笛と違って三次元に響いている!
この複雑で面白い音色はどうやって生み出されているんだ?)
弁之助は考えた。
宮司が交互にバチを振っているのを見て、ハッと気がついた。
(そうだ! 二本だからだ! 二本のバチで太鼓をたたいているから、複雑な空間が生み出されてくるんだ!
笛は一本、バチは二本! 一本より二本のほうが鬼やべーおもしろさを生み出すことができるんだ!)
弁之助は興奮した。
「ひゃっはー!」
思わず突き上げた木刀を見て気づいた。
(そうだ!剣術もそうじゃないか!一本より二本使ったほうが、よりおもしろくなるに決まっているじゃないか!よし、おらはやってやるぞ!一本ではつまんねー剣術を、二本にしておもしれー剣術にしてみせるぜー!!)
弁之助は木刀を右手に振りかざすと、落ちていた木の枝を左手に持った。
「へっへっへ!」
嬉しそうに交差してみた。
ざわざわぞわ!
村人たちは戦慄(せんりつ)した。
「弁之助が木刀を振りかざした!」
「棒を二本も持った!」
「目が座っている!」
「強烈にやばいぞ、これは!!」
「みんな逃げろー! 皆殺しにされるぞー!!」
「いややー!!」
「ぎゃー! ぎゃー! 死にたくねー!!」
弁之助は、砂煙が上がって一瞬にして無人になった境内で、心置きなく二刀流の練習をすることができた。
[2021年7月末日執筆]
ゆかりの地の地図
参考文献はコチラ
※ 二刀流は新免無二から教わったという説もあります。
※ 二刀流は吉岡一門との死闘の中で思いついたという説もあります。
※ 鞆の浦で用心棒中に暴漢に襲われた時に、とっさに二本持ったのが始まりだという説もあります。