2.藤原高子

ホーム>バックナンバー2011>2.藤原高子(ふじわらのたかいこ・たかきこ・こうし)

日本は欧州を目指すべきか?
1.伴 善男
2.藤原高子
3.文徳天皇
4.藤原良房
5.藤原基経

 朕は気になって仕方がなかった。
 そわそわしていると、朕の母がやって来た。
「あんたの様子が何か変って聞いたんで、見にきてやったわ」
 朕の母とは藤原明子
(あきらけいこ・めいし。「藤原北家系図」参照)
 朕のジイジ藤原良房の娘である。
 朕は昨年貞観六年(864)に元服するまで母と同居していた。
 さすがに今では別居しているが、ちょくちょく朕の様子を見に来るのである。
 伴善男に言わせれば、
『帝を監視しているんですよ』
 という。
『何を監視するんだよ?』
『帝が藤原以外の女と結ばれないため』
『あれ?おまえ、ジイジは朕を女狂いにさせるつもりって言ってたよね?それって矛盾してないか?』
『それは「おじいさま」が送り込む「お嫁さん」が帝の子を産んだ後の話です。皇太子さえ産まれてしまえば、帝は女狂いになっちまったほうが権力大好物の「おじいさま」にしてみれはありがたいのです』
 朕は重要なことを思い出した。
(そうだ!善男に朕の近い将来のヨメが誰なのか聞き出すんだった!)

 朕は母の監視の目をかいくぐって善男を呼んだ。
「何でしょうか?」
「この前に言ってた朕の近い将来のヨメって誰?」
「ああ、そのことですか。実は帝の『おじいさま』の養女ですよ」
「ジイジの養女って、朕のおばさんってこと?――あれ?朕の年に合うようなおばさんなんていたかな?」
「高子
(たかいこ・たかきこ・こうし)さまです」
「ああ。高子おばさん……」
 藤原高子は当時二十四歳。朕より八歳も年上である(「藤原北家系図」参照)
「年増はお気に召しませんか?」
「そんなことない!全然ないっ!」
「なんせ高子さまは超がつく美人ですからね〜。帝がおうらやましいですよ〜。でも、そんな彼女には秘密があります」
「秘密?」
「ええ。近い将来のお嫁さんの秘密、知りたくありませんか?」
「どんな秘密?」
「元カレの話」
「!」
「やっぱりこの話は結婚前の帝には刺激が強すぎますのでやめときますね〜」
「気になる!気になる!気になるよ〜!途中でやめないでおくれよ〜!」
「実は――」
「なに?なに?」
「その前に、ちょっくら便所へ」
「我慢しろよーっ!」
 逃げようとする善男を、朕はふん捕まえた。
「実は、高子さまの元カレの正体は――」
「だれ?だれ?」
「ちゃらら〜ん、ちゃらららら〜ら〜ん。ちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃん――」
「じらすんじゃねえー!早く便所に行きたいんじゃなかったんかあー!?」
「在五中将
(ざいごちゅうじょう)在原業平
「おおっ!あのオナゴ三千人斬りの!」
 朕はその名を知っていた。六歌仙にもつらなっている伝説の美男歌人である(「在原氏系図」「安保味」参照)
「高子さまは業平が最も愛した女性でした」
「ほえ!三千人の中で一番!」
「業平は五条后の隣の邸宅に住んでいた高子さまのところに毎晩通っていました」
「……」
「帝の『おじいさま』は気づきました。『おじいさま』は激怒し、高子さまを隠してしまいました」
「かわいそうに」
「それでも業平はあきらめませんでした。彼女を捜し出すと、一緒に駆け落ちをしたのです」
「駆け落ちっ!」
「二人はそれほどまでに愛し合っていたのです」
「……」
「二人は東国を目指しましたが、まもなく『おじいさま』の手の者に捕まり、生木を裂くように引き離されました」
「……」
「短い間でしたが、二人にとってはそれはそれは幸せな時間でした。そうです。二人にとっては一瞬は永遠だったのです。周囲のものはみんな二人だけのためにあるようなものだったんです。捕まるまでのわずかの間、二人は毎日毎日四六時中朝昼晩来る日も来る日もくんずほぐれつこれでもかこれでもかまだやるかまたやるか十分十二分ゆうに一生分ぐらいは死ぬほど枯れるほど入れ替わるほど愛し合いまくっていたことでしょう」
「やめんかっ!」
「聞きたくなかったですか?」
「当たり前だ!朕の将来のヨメの話なんだぞっ!それじゃあ朕はまるっきり業平の『お古』じゃないかっ」
天皇家ではどうか存じませんが、こういったことは世間ではよくあることです」
「おもしろくねえ!」
「申し訳ございませんが、覆水は盆には返りません。では、帝のお父君
(文徳天皇)の秘密のお話をいたそうと存じておりましたが、やめておきます」
「朕の父上の秘密?」
「ええ。衝撃的な秘密中の秘密です」
「なに?なに?」
「話しません」
「気になる!気になる!気になるよ〜!途中でやめないでお
くれよー!」
「帝はさっきも同じことを言われましたが、結局それは聞きたくないお話でした」
「だって、聞きたいもんは仕方ないじゃないか」
「後悔なさいませんか?」
「そんなもん、聞いてみないことには分からないよ〜」
「このお話は相当なお覚悟が必要です。相当な覚悟がおできになったときに、またお呼びください」
「ぶーっ。今でいいのに〜」

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