5.蘇生!源 公忠!! | ||||||||||||||
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延喜二十三年(923)は春から長雨が続き、咳病(がいびょう。インフルエンザ?)が流行、三月には皇太子保明親王(やすあきらしんのう。「天皇家系図」参照)が亡くなってしまった。享年二十一。
醍醐天皇と皇后藤原穏子(おんし。「藤原北家系図」参照)は嘆き悲しんだ。
「やすあきらー!」
「どうしてー!」
人々はまたうわさした。
「菅公のたたりだ。菅公は政敵藤原時平公が立てた皇太子が気に入らなかったのだ」
「保明親王殿下の母君は時平公の妹君。お妃は時平公の御娘。菅公に恨まれないはずはない」
「くわばらくわばら」
ちなみに災難よけに「くわばら」を連呼するまじないは、菅原道真の領地であった桑原(現在の所在については京都市内説や福岡県説がある)には一度も落雷がなかったことによるという説がある。
翌四月、奇妙なことが起こった。
死んだ官人が三日後に生き返り、いまだピンピンしているというのである。
「どういうことじゃ?」
醍醐天皇は不思議がり、よみがえった官人を呼び寄せた。
「つまり、あの世を見てきたと申すのじゃな?あの世とはどのようなところじゃ?」
「はい」
よみがえった官人とは、蔵人(くろうど。「詐欺味」参照)・源公忠(きんただ)。
後に右大弁(「古代官制」参照)や近江守などを務めた官人で、三十六歌仙(「詐欺味」参照)の一人に数えられる歌人であり、薫香の名人でもあった。
「私が参ったのは、それはそれは恐ろしい地獄でございました」
醍醐天皇は強がって笑った。
「ほー、鬼とやらはいたか?」
「はい。そこら中にぎょ〜さん」
「うほほ!そうだ!地獄には『血の池地獄』とか、『針の山』とかあるのか?」
「私が参ったのは入口のところまでで中には入っておりませんが、この世のものとは思えない悲鳴や絶叫などはひっきりなしに聞こえておりました。その声は今でも私の耳から離れず、絶えずよみがえり、毎晩うなされております」
「ウウ……、怖いのう〜」
「しかしそれより気になったのは、門番の鬼たちの話です」
「鬼たちの話?」
「そうです。鬼たちは帝の話をしておりました。帝はもうすぐここにやって来ると」
「何だと!朕は死んで地獄に落ちると申すのか!」
「はい。無実の賢人を左遷した罪で」
「……!」
「鬼たちは帝をあざ笑っておりました」
「もういい」
「死んで地獄に落ちた帝は、鉄窟苦所(てつくつくしょ)にて永久に灼熱(しゃくねつ)の責め苦を受け続けるのです!」
「だまれっ!下がれっ!」
公忠は下がった。
醍醐天皇はブルブル震えた。
「まったく、不愉快なヤツだ」
右大臣(延喜十四年就任)藤原忠平が言った。
「しかし、あれはウソを申している顔ではありませんでした」
「朕は信じないぞ!信じられるはずはないではないか!信じてたまるかっ!」
「しかし、私も菅家は無実だったと存じますが」
「……」
「お父君(宇多法皇)も菅家の赦免を望まれていると存じますが」
「……」
宇多法皇(「天皇家系図」参照)はいまだ存命であるが、出家後は政治に関与せず、猫や女と戯れながら毎日楽しく暮らしていた(「朦朧味」参照)。
「これ以上の犠牲者を出さないためにも」
「……」
醍醐天皇は折れた。
四月、道真を右大臣に戻し、正二位を贈官、左遷の詔書を破棄したのである。
次いで「延長」と改元し、保明親王の遺児・慶頼王(やすよりおう)を皇太子に立てた。
「どうだ!菅家もこれなら文句はないであろう」
ところが、延長三年(925)に慶頼王はわずか五歳で死んでしまった。
「またかー!」
穏子は強くなっていた。
「怨霊かなんだか知らないけど、もうこれ以上殺させないわっ!」
醍醐天皇の第十一皇子(穏子にとっては次男)寛明親王(ゆたあきらしんのう。後の朱雀天皇)を一切外出させず、深窓にて無事に育て上げたのである。
浄蔵は疑問に思うことがあった。
あるとき、それを尊意にぶつけてみた。
「前に蘇生したという源公忠殿はいまだに生きていますが、本当に死んであの世を見てきたのでしょうか?」
尊意は笑った。
「そなたは蘇生術の使い手ではないか。そういうことがないわけではあるまい」
浄蔵は父だけではなく、是忠親王(これただしんのう。源是忠。光孝天皇皇子。醍醐天皇の伯父)らも蘇生させたことがあった。
「しかし私の場合は持って数日です。公忠殿のように生き返ってから何年も生きているようなことはありえません。やはり公忠殿は死んだのではなく、ウソをついているのではないでしょうか?」
「なぜそう思う?」
「御存知のように、公忠殿は光孝帝の孫で、今の帝のいとこです(「光孝源氏系図」参照)。つまり、公忠殿は帝になっていたとしてもおかしくはない立場なのです。公忠殿は今の待遇がおもしろくなくて、帝に嫌がらせを仕掛けてきたのではないでしょうか?それもただの嫌がらせではなく、背後になにやらとてつもなく大きな陰謀があるのでは?」
尊意はフフンと笑って諭した。
「僧が政治に疑問を持つべきではない。古来、僧が政治に介入してろくなことはなかった。ほかごとを考えていれば、法力にも影響がある。今は全力で悪霊から都を守ることだけを考えなさい」
尊意は付け足した。
「陰謀があるかどうかはたいした問題ではない。わしが断言できることは、菅家が偉大であったということだけじゃ」