6.悶死!醍醐天皇!! | ||||||||||||||
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延長八年(930)六月二十六日、その日は朝から清涼殿でひでり対策の朝議が開かれていた。
この年も疫病が流行し、長い長いひでりが続いていたのである。
「今日も雨は降らないねー」
「空を見ても、降りそうにもないねー。雲一つないねー」
「尊意猊下(げいか)の法力も、あてにならないもんだねー」
が、午後になって愛宕山(あたごやま。京都市右京区)方面からモクモクと黒雲がわき起こり、みるみる都の上空を覆い始めた。
「やった!」
「これは間違いなく雨雲だ!」
「ついに降るかっ」
公卿たちは喜んだ。
大納言藤原清貫(きよつら)は身を乗り出し、右中弁・平希世(たいらのまれよ)ははしゃいで走り回った。
清貫は菅原道真の左遷の宣命を読んだ男であり(「受験味」「藤原南家系図」参照)、希世は亭子院(ていじいん)の八大戸の一人である(「朦朧味」「仁明平氏系図」参照)。
と、そのときであった。
空が割れ、雲を裂き、目もくらむばかりの閃光(せんこう)が清涼殿に突き刺さったのである。
ピッカーン!
バチバチバチーン!
めらめらっ!ボワオーン!
ガラガラガラガラー!
稲妻は清涼殿の南西柱に直撃、たちまち火柱を上げた。
「ギャー!」
「なんじゃ?なんじゃ?」
「熱いよー!」
公卿たちは大混乱に陥った。
柱のそばにいた清貫は胸を裂かれ、
「あぎゃぶ!」
と、即死、希世も重傷を負って助けを求めた。
「帝をぉ〜、熱いよぉ〜、痛いよぉ〜」
「希世か?大丈夫か?」
醍醐天皇は御簾(みす)を上げて気遣った。
が、はいずり寄って来た声は希世であったが、顔はそうではなかった。
落雷で顔面が焼けただれ、ゾンビ化していたのである。
「ギャー!バケモノー!」
醍醐天皇は思わず後ずさりした。
なのにゾンビは近寄ってきた。
「ひどいなあ、帝をぉ〜。私ですよ〜、希世ですよぉ〜」
こんころり〜ん。
「あ!目玉が落ちちゃった〜」
バタ!
希世は突っ伏して動かなくなった。
被害者は清貫と希世だけではなかった。
右兵衛佐・美努忠包(みぬのただかね)は頭髪が燃え、
「人間タイマツだー!」
と、走り回り、同・紀蔭連(きのかげつら)は腹を焼かれ、
「あーん、内臓がないぞう〜」
と、嘆き泣き、安曇宗仁(あずみのむねひと)はひざを焼かれ、
「激しくひざが笑い転げてるうー!」
と、苦しみ痛がっていた。
公卿や官人や女官たちはバタバタであった。
「どうしたらいいのー!?」
「とりあえず火を消せー!」
「けが人を運び出すんだー!」
「うわっ!この人、真っ黒こげ〜!」
「やだー!ここでも死んでる〜!」
醍醐天皇はガチガチ震え上がった。
「地獄だ……。これこそ地獄だ……」
彼は源公忠が地獄で聞いた話を思い出した。
『死んで地獄に落ちた帝は、鉄窟苦所にて永久に灼熱の責め苦を受け続けるのです!』
「やめろー!」
醍醐天皇は発狂したようにわめいた。
「何が地獄だーっ!朕は行かぬぞっ!そんなところには絶対に行くもんかあーっ!」
醍醐天皇は衝撃の余り寝込んでしまった。
「ゴホッ!ゴホッ!尊意を呼べ」
醍醐天皇は尊意らに加持祈祷をさせた。
が、病状は一向によくならない。
醍醐天皇は悟った。
「朕の命は長くない。しかし、死んでも地獄だけは行きたくない。ああ!苦しい!もうだめだ!もはや命などどうでもいい!尊意!朕が極楽へ逝けることだけを全力で祈ってほしい!」
「かしこまりました」
「必ずだぞ!必ず朕を極楽へ送るのだぞっ!地獄だけは断じてダメだぞっ!」
「ふふーん。お任せください」
九月二十二日、醍醐天皇は寛明親王に譲位すると、九月二十九日に出家し、同日崩御した。享年四十六。
* * *
身体が滅びて身軽になった醍醐天皇は、軽やかに歩いていた。
なんだかいい予感がしてきた。
「やた!このフワフワうきうきした、なんともいえない心地よい感覚!ここは間違いなく極楽だ!尊意らの祈祷は成功したんだー!アハハッ!菅家の怨霊なんて、ちょろいぜー!」
醍醐天皇は喜んだ。
でも、自分がどこを歩いているかがわからなかった。
道端で草むしりをしている男がいた。
醍醐天皇はその男に尋ねてみた。
「これこれ。ここはいったいどこか?」
男は顔を上げた。
なぜかたいそうコワモテで、額にツノまで生えている屈強男であった。
「どこって、ここは地獄の一丁目ですけど」
「……!?」
歩いていく先に影が見えた。
ごっついごっつい影が二つ、どんどん大きく近づいてきた。
その正体は、怖〜い怖〜い赤鬼と青鬼であった。
「いらっしゃーい」
「一名様、御案内いたしまーす」
鬼たちはぶっとい腕で、うれしそうに両脇(りょうわき)から醍醐天皇をがっちり捕まえた。
醍醐天皇は泣き叫んだ。
「いやだー!なんでこうなるのーーーーー!?」
[2010年1月末日執筆]
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