2.山中の人 | ||||||||||||||
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天正三年(1575)六月二十六日、信長様は上洛途中、山中の宿に立ち寄られました。
で、こんな触れを出したのです。
「この村に住む男女を全員集めよ」
集められた村人たちはわけがわかりませんでした。
村長が人数を確認して報告しました。
「これで全員です」
でも、信長様は首を横に振りました。
「まだ来ていない者がいる」
「え?そんなはずは――」
「『山中の猿』とやらが来ておらぬ」
村長は驚きました。
「え!あの村八分も呼ぶんですか!?」
「当たり前だ。あの者こそ、本日の主役よ」
こうしてわいが呼ばれました。
信長様は村のみんなの前で、わいに木綿二十反を下さいました。
「へ?」
キツネにつままれたような顔をしていたわいに、信長様がおっしゃいました。
「なんじはこれまでずいぶん苦労したと聞いている。その反物を生活費にするがよい。半分売って誰かの家の隣に小屋を建て、食事の世話をしてもらうがいい。残りの半分は予備費だ」
「へへーっ」
わいは平伏しました。
信長様は村のみんなにも呼びかけました。
「みなの者もほどこしに協力してほしい。米と麦の収穫時に一度ずつ、この者にごちそうしてやってほしい。そうしてもらえると、余はうれしいぞ」
わいは泣きました。
「ありがたや〜」
生まれてこの方、このような温情を受けたことがなかったわいは、ポタポタポタポタ爆涙が止まりませんでした。
「今までいじめてゴメンな」
村人たちが謝りに来ました。
憎たらしいヤツラでしたが、泣いていたので許してあげました。
見回すと、みんながもらい泣きしていました。
信長様のお供の方まで泣いていましたが、あの古老だけは泣いていませんでした。
「解せませぬ!」
納得いかない古老は、信長様に問いかけました。
「私には解せませぬ!比叡山を灰燼(かいじん)にし、長島では老人女子供まで皆殺しにされた上様が、何ゆえこのようなことをなされるのですか?」
信長様は答えました。
「覚えておくがよい。因果応報などありえぬ。前世もなければ来世もない。存在するのはこの世のみだ」
[2016年11月末日執筆]
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