1.天 国

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五体不倫満足
1.天 国
2.地 獄

「死ぬまで一緒だよ」
「私たちの恋の炎は誰にも消せないわ」
「君と一緒にいられるのなら、もう死んでもいい」
「ずっと一緒よ。死んでからも」

 昼間っから愛し合っている男女がいた。
 本当は愛し合ってはいけない仲であった。
 女は花嫁であった。
 男は花婿の部下であった。
 男は花婿の使いとして、花嫁を迎えに来ただけであった。
 にも関わらず、肉体関係を持ってしまった。
「後悔してる?」
「してない。すべては君を守るためだ」

 女の名前は池津媛(いけつひめ)
 日本名だが、
ではなく、百済人であった。
 蓋鹵王二十一年(475?)、北朝鮮の暴走国家・高句麗
が、兵三万で南西朝鮮・百済に侵攻した。
 百済国王・蓋鹵王
(がいろおう・こうろおう・ケーロワン)は敗死し、首都・漢城(韓国・ソウル市)は陥落、多くの百済難民がに逃れてきた。
 当時の大王
(おおきみ)は武(ぶ)、いわゆる伝二十一代大王雄略天皇(「隕石味」など参照)である。
「困ったときはお互い様だ」
 雄略天皇は難民たちを受け入れた。
 が、ゲスな提案もした。
「えーっと、難民の中に美女がいたら、朕
(ちん)の宮殿に連れてくるように」
 連れてこられた美女たちの中に、池津媛という別嬪
(べっぴん)がいたのである。
「こいつはたまげた!」
 雄略天皇の目に止まった彼女は、妃の一人に加えられることになった。

「お妃さま。お迎えに参りました。今から僕が宮殿へお送りいたします」
 男の名前は石川楯
(いしかわのたて)
 雄略天皇の側近であるが、元は百済からの渡来人であった。
「さあ、お妃さま。大王さまがお待ちです。参りましょう」
 池津媛は嫌がった。
「行きたくありません」
「なぜ?」
「だって、大王さまには大勢の奥さんがいるんでしょ?」
「ええ、まあ――」
 楯は否定しなかった。
 事実、雄略天皇には、太后
(おおきさき)・草香幡梭姫皇女(くさかのはたびひめのひめみこ)以下、大勢の妻妾がいた。
「それに、ものすごい乱暴な方なんでしょ?」
 池津媛は雄略天皇の悪いうわさを耳にしていた。
王武って、王位継承者全員殺して大王になったんだぜ』
『何それ!怖い〜』
 楯は、それも否定しなかった。
「そのとおりです。そうしなければ、大王さまは大王にはなれなかった。やむをえないことです(「非行味」「継承味」参照)
 池津媛の不安は増した。
「私も殺されるの?」
「……」
 楯は、それすら否定する確信を持てなかった。
「私は死にたくない!」
「……」
「私を守って!」
「……」
「今すぐ奪って!」
「!」
「そうすれば、私は怖い人のいる宮殿になんか行かなくてもすむわ」
「……」
 池津媛は抱きついた。
「何をなさいます!いけません」
 それでも彼女はしがみついた。
 楯は簡単に落ちた。
 実は、彼は百済で彼女を見知っていた。
 ずっと憧れていた女性だったのである。

 池津媛と楯は宮中へは行かなかった。
 時の過ぎ行くのも忘れ、二人だけの世界に入り浸っていた。
 秘め事に熱中するあまり、客が来たのにも気づかなかった。
「あらら!いーけないんだ〜、いけないんだ〜。見ぃーちゃった〜、見ぃちゃった〜」
 二人を呼びに来た使者に、密通現場を見られちまったのである。

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