1.本能寺の変な夢

ホーム>バックナンバー2020>令和二年6月号(通算224号)ロス味 本能寺が変!1.本能寺の変な夢

コロナで失われたものたち
1.本能寺の変な夢
2.不機嫌な老人
3.お客さんいらっしゃい
4.あぶないヤツ
5.もっとあぶないヤツ
6.恐るべき計画
7.本能寺が変!

 さわやかな朝に、むさくるしい男たちが集まった。
 スズメの朝食会は、刺客どもの足音で強制終了させられた。
 土岐宗芸
(ときそうげい。頼芸。「土岐氏系図」参照)は鷹狩り装束をまとっていた。
「土岐は今、天が下知る五月かな」
 頭巾をかぶって輿
(こし)に乗っていた彼は、カラスが首をしめられたような声で叫んだ。
「敵は本能寺
(ほんのうじ。京都市中京区)にあり!」
 寺を取り巻く水色桔梗
(ききょう)の旗々に、教如(きょうにょ)は笑みをこぼした。
「見よ! 第六天魔王は袋のネズミに成り果てよった!」
 六角承禎
(ろっかくじょうてい。義賢。「六角氏系図」参照)が兵たちに呼びかけた。
一向宗の衆! 伊賀・甲賀
(こうか・こうが)の衆! ぬかるなよ! 今こそ積年の恨みを晴らす時ぞっ!」
「おおーっ!」
 どーん! ばりばりばりぃぃ!
 雑賀孫一
(さいがまごいち。鈴木重秀or重朝)鉄砲であいさつした。
 きりりり、ひゅーん!びたっ、ぶわおう!
 六角義治
(よしはる。義弼。承禎の子)が門に火矢を放った。
 さっ!
 
安藤道足(あんどうどうそく。安東守就・伊賀範俊・伊賀守・友郷・無用・定次・定治?。「伊賀氏安藤氏系図」参照)が采配を振った。
「かかれーっ!」
「おおーっ!」
 道足は亡き婿・竹中重治
(たけなかしげはる。半兵衛)の甲冑(かっちゅう)を身に着けていた。
「もうすぐ婿殿を過労死させた暴力上司をほふってやるからのう」
 どーん! ばーん! どかーん!
 城戸弥左衛門
(きどやざえもん)が門をぶち破って踊り入った。
「いつぞやは暗殺に失敗したが、今日こそ討ち取ってやるぜー!」
 丹羽氏勝
(にわうじかつ)もこれに続いた。
「いいや、信長は俺がしとめるっ!」

 織田信長(「織田氏系図」参照)は物音で目覚めた。
 または洗顔を終えていたとも伝えられている。
「何事だ? ケンカか?」
 どーん! ばりばりばりぃぃ!
 殿舎に撃ち込まれた鉄砲が、そうではないことを物語っていた。
「さては謀反か? いかなる者の企てぞ!?」
 森蘭丸
(もりらんまる。乱丸)が表を見てきて答えた。
「水色桔梗の旗印! 明智光秀
(「明智氏系図」参照)の企てかと!」
「何ゆえ明智が!?」
 信長は信じられなかったが、瞬時に覚悟した。
「是非に及ばず!」
 弓で立ち向かおうとしたが、弦が切れていたため放り捨てた。
「槍
(やり)を持て!」
「はいよ!」
 背後から声がしたため、信長がバトンを受け取るように柄をつかもうとしたところ、
 ぶす〜!
 と、槍先が足に刺さってしまった。
 信長は驚いた。
「いったぁー! 刺さっとるやないかいっ!!」
 刺したヤツは別に驚いていなかった。
「そりゃそうでしょう。刺してるんですから〜」
 ぶすーっ! ぶすーっ! ぐりんぐりーん!
 そいつは何度も何度も信長の背中を刺してきた。
「いてーて! やめろって! 誰だ、てめー!?」
「お忘れですか、私の顔を?」
 信長はドアップになったその顔を見て思い出した。
「あ……」
 そして、戦慄
(せんりつ)した。
「あ、あら……、あらら……!」
 そいつは一瞬だけうれしそうに笑った。
「どうやら思い出してくれたようですね? そうてすよ〜、貴様に謀反を起こして妻子をみな殺しにされた、荒木摂津守村重
(あらきせっつのかみむらしげ)ですよ〜」
「ううぐ……」
 どかっ!
 村重は信長の胸ぐらをつかんだ。そのまま追い倒して組み伏せて叫んだ。
「俺はこの時を待っていた! キサマの周りが手薄になるのを、来る日も来る日も待ち構えていたっ! 黒田官兵衛
(くろだかんべえ。孝高・如水)にかくまわれ、千宗易に本格的に茶まで習い、茶坊主のふりしてキサマの動向を探り続けてきたっ! そしてついに、今日という最高の日を迎えたのだ! ワハハハハ! 俺は昨日からこの寺に来ていた! 豪商たちに紛れて寺に入り込んでいた! 豪商らが帰った後も俺は帰らず、離れの納戸に潜伏していた! ヒッヒヒヒ! キサマは俺に気づきやしなかった! 運が尽きる時は、実にあっけないものだな! ワッハッハッハハハ! 俺は勝った!! ついにいとしいいとしい妻子たちのカタキを、この手で取ることができるのだっ!! とどめだ、信長!あの世へ逝って、妻子たちに謝りやがれっ! そして、今まで殺してきた幾万とも知れない人々に、土下座してきやがれーっっ!!」
「あ゛あ゛〜」
 ぎりぎりぎりり、ぼっしゅー!
 村重は信長の首を斬り取ると、風呂敷に包んで寺を後にした。

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