4.あぶないヤツ

ホーム>バックナンバー2020>令和二年6月号(通算224号)ロス味 本能寺が変!4.あぶないヤツ 

コロナで失われたものたち
1.本能寺の変な夢
2.不機嫌な老人
3.お客さんいらっしゃい
4.あぶないヤツ
5.もっとあぶないヤツ
6.恐るべき計画
7.本能寺が変!

 それからしばらくして、拙者は大殿(安藤道足)に呼ばれた。
「話がある」
 そう切り出された時は、今までいい話はなかった。
「何ですか?」
「この館に居候が二人増える」
「はあ?」
「二人ぐらい、増えてもいいよな?」
「だっ、誰を増やすんですか!?」
「宗芸公と五郎左衛門尉殿じゃ」
「ソーゲーコー? ゴローザエモンノジョードノ? 聞いたことないですけど、誰なんですか!?」
「元美濃守護・土岐頼芸公と、その五男・土岐頼元殿じゃ」
「げえ!」
「げえとは何じゃ。宗芸公はわしの元主君じゃ。元主君というものは、大切にしなければならないものじゃ」
「だって、土岐頼芸様といえば、上様に歯向かって武田にかくまわれていた人でしょ?」
「おまえ、何を勘違いしているのじゃ? 頼芸公は信長には歯向かっていない」
「はあ?」
「宗芸公が歯向かったのは斎藤道三様にじゃ。それに本来、歯向かうとは身分が低いヤツが高い方に起こす行為を言うのじゃ。だから、身分の高い宗芸公は誰にも歯向かってはいない」
「ですけど、やっかいモノなんでしょ? 前に話してましたよね? 頼芸様は江崎六郎様とお暮しになるのではなかったのですか?」
「江崎六郎様は宗芸公父子との同居をお断りなされた。『顔も見たことがない親や兄とは暮らしたくありません』と」
「ほーら、やっぱりやっかいモノなんだ〜」
「おまえ、陪臣
(ばいしん)のくせに失礼なことを申すな! わしの元主君は、おまえの前主君の元主君であらせられるのだぞ!」
「元だし〜」
「というわけで宗芸公と頼元殿がもうすぐここに来られる」
「えー!」
「ほーら、もう来られた! いらっしゃいませ、お屋形様! そして、ボン!」
 宗芸様は頼元殿に負ぶわれてやって来た。
「よう、安藤伊賀! 久しぶりだな。今日から世話になるぞ」
「イガイガ、俺も世話になるぜ」
「早っ!」
「松野平介とやらも、よろしくな」
「俺も夜露死苦〜」
 ズカズカ入ってきた二人に拙者は困惑した。
「えっ、待って! だって、まずいでしょ〜」
「何か不都合なことでもあるのか?」
「ガンつけてんのか、コラ」
「拙者は今では上様の馬廻です。上様に内緒で土岐様父子なんてかくまっていたら、どんなおとがめを受けるか」
「大丈夫だ。すでに信長にはあいさつしてきた。美濃で暮らすことを告げてきた」
信長は『好きにするがいい』と言いやがったんだぜ」
「そうですか。上様の許可を得ているのならいいですけど。経済的にはますます苦しくなりますけどね」
「ふっ!どうやら信長は『八十二歳の盲目老人と中年のチンピラに何ができる』と思っているらしい。確かに体は思うように動かなくなったが、陰謀をめぐらすだけなら頭さえあればできるぞ。ヒッヒッヒ!」
「オヤジもグレてますねー。俺はグレてるフリしているだけだけどな。へっへっへ!」
 二人の笑い声に拙者は背筋を凍らせた。
 なのに大殿はうれしそうだった。
「お屋形様とボンも信長が嫌いですかな?」
「嫌わないわけはないであろう! 信長は快川紹喜
(かいせんじょうき)国師を殺しやがった! 長年、予をかくまってくれた、予の学問の師でもある恩師を、恵林寺(えりんじ。山梨県甲州市)ごと火をつけて焼き殺しやがった! 師は寺に火がつけられる前に、予や佐々木次郎(六角義定。義治の弟)らかくまっていた人々を逃がしてくれた。『師も一緒にお逃げください!』 予は迫ったが、師は受け付けなかった。『寺に火がつけられちゃうんですよっ!』 騒ぐ予に、師はこう言い残した。『愚僧は修行しているから大丈夫だ。心頭滅却すれば火もまた涼し』 ああ! 予は悔しい! 武田はともかく、なぜ信長はあのような立派なお坊様までたやすく手にかけるのか! 心頭滅却すれば火もまた涼し! 何というありがたいお言葉だ! クソッ、信長は人間じゃないっっ!! いつか信長にも、師と同じ目に味わわせてやりたい! 予は美濃国の守護である! この国で一番 エライ人なのである! もし予が立てば、美濃の国衆は黙っていまい!土岐が立てば、斎藤も長井も立つ! 安藤も稲葉も氏家も不破(ふわ)も立つ! 揖斐も池田も遠藤も竹中も西尾も森たちもみんな立つ! そして、明智もだっ!」
「オヤジ、スゲーぜ!なんかカッケーぜ! 俺もやるぜ! やって殺るぜ! 信長に謀反起こしたいヤツは、俺んところに来い!」

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