5.もっとあぶないヤツ | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2020>令和二年6月号(通算224号)ロス味 本能寺が変!5.もっとあぶないヤツ
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土岐宗芸様と土岐頼元殿が拙者の館に居座って以来、いわゆる「危険分子」といわれるヤカラが続々と訪れまくるようになった。
「やあ! 初めまして教如です。ナムアミダブ〜。信長なんてオダブツ〜」
「雑賀孫一っす。ばきゅーん! ばきゅーん!」
「六角承禎だ。かくれんぼは得意ですぜ」
「城戸弥左衛門参上! 目つぶし投げてドロン!ドロン!」
「丹羽氏勝だ。そうよ。安藤伊賀殿父子の追放仲間よ」
そうである。
いつか見た「本能寺の変」の夢で出てきたヤツばかりであった。
(まさか、正夢!?)
心配になった拙者は、大殿に聞いた。
「宗芸様は上様に謀反を起こす気じゃあないでしょうね?」
「ない! ない! ない!」
大殿は完全否定した後、こう続けた。
「――謀反とは身分が低いヤツが高い方に対して行うことをいうのだ。貴族なお屋形様が卑族な信長野郎に逆心を抱くことなんてあり得ない」
つまり、否定にはなっていなかった。
「上様は右府(うふ)様です。正二位前右大臣なんです。卑族であろうはずがありません」
「わしは出自をいっておるのじゃ。織田は越前の田舎にある剣神社(つるぎじんじゃ。福井県織田町)の神主の家ではないか。対してお屋形様は清和源氏の嫡流で、室町幕府創立以来の美濃守護家であらせられるぞ。とてもとても比べられる家柄ではないわ」
拙者の不安は日に日に増した。
そしてついに、最高にやばいヤツが登場してしまったのである。
そいつを連れてきたのは、大殿のお嬢様・得月院だった。
「お父様、どこへ行ってらしたのですか?」
「どこでもいいではないか。わしは『就職活動』で忙しいのじゃ」
「今日はおもしろい人を連れてきました」
彼女は竹中重治の未亡人である。
「おもしろい人って誰じゃ?」
「黒田官兵衛様に頼まれて不破矢足(ふわやそく)が預かっている人だけど、お茶をたてるのが上手なのよ〜」
「いいのう。久しぶりにうまい茶が飲みたいのう」
「かの千宗易様のお弟子さんのようよ」
「ほう、それは期待できるのう」
大殿はそいつを茶室に呼んだ。
ぱちゃぱちゃぱちゃぱちゃ。
そいつは濃茶をたてて大殿に差し出した。
「どうぞ」
ぐばあー、ごっくんごくっんごっくんくん!
大殿は飲み干してニヤリとした。
「ぷはー! うまいわ〜ん!」
「ありがとうございます〜」
そして、改めてそいつの顔を見て気づいた。
「おぬし、どこかで見た顔じゃのう?」
「ですか」
「確か、西のほうで見た」
「似た顔は多いですからね」
「いいや確かに見た。あの武将に似ておる。見れば見るほどそっくりじゃ」
「……」
「そうじゃ! 信長に刀の先に刺したモチを食わされていた男じゃ」
「……」
「その男の名は、荒木摂津守村重――」
「……」
「信長に対して現在進行形で謀反を起こしておる男……」
「フッ!」
村重は不敵に笑った。
そして、
「――通報しますかな?」
と、聞いた。
大殿は首を横に振った。
「わしは信長に追放された身じゃ。通報したところで信じてもらえまい」
「それはようございました」
「わしはおぬしがうらやましい。当年八十歳のわしは、信長に捨てられたところで謀反を起こす気にもなれない」
「そうでしょうか? 私はこれまで、こんなにも背筋がしゃんとした八十歳を見たことがありません。普通、八十を超えたらもうヨボヨボです。土岐宗芸様のように」
「お屋形様にも会ったのか?」
「はい。先程、お茶を差し上げました」
「何か言っておられたか?」
「私の謀反話を、おもしろおかしく聞いておられました」
「それはそうじゃ。お屋形様は快川国師の件で信長を恨んでいるからのう」
「宗芸様は、私の妻『ちよほ』の処刑話には涙してくださいました」
「ちよほ――。おお! ダシ殿のことじゃな?」
「御存知でしたか?」
「御存じも御存じ、わしは六条河原で公開処刑されるダシ殿らを直に見ておったからのう。群衆はみなみな涙を流しておったぞ。幾度の戦場を駆け回ったわしでも、あれほど悲惨な光景は見たことがない」
「でしたか」
「処刑前の子供たちが泣き叫ぶ声は今でも耳の奥にこびりついておる。そんな中でもダシ殿は取り乱しもせず、最後の最期まで気高く美しく逝かれた……」
「でしたか……」
「それにしても、ダシ殿は一際美しかった……。『今楊貴妃(ようきひ)』といわれたうわさは本当であった。市中引き回しの際に彼女を見たわしは、思わず佐久間信盛殿とともに信長に助命を嘆願したものであった。すると信長は、わしらにこう言った。『うぬらはあのアマにほれたか?』 そして、一瞬ニヤッとした後でこう言いやがった。『ならば、なおさら生かしてはおけぬ』 と」
「うううっ……」
村重は震え泣いた。
「私が信長に謀反を起こしたのは事実だ。しかし、妻たちは何もしていない! 悪いことは何一つしていない! そんな妻たちが、どうして無残に殺されなければならなかったのだ! ひどいっ! ひどすぎるぞ信長っ! わしは絶対に信長を許さないっっ!!」
「かわいそうにのう……」
思わず大殿ももらい泣きした。
村重は懐から髪の束を出して示した。
「これは、妻の形見です……。千宗易様が取り寄せてくださいました……」
「うう……、そうなのか」
「妻の辞世の句もあります」
かさかさ、ぴらぁ〜。
村重は和歌を記した懐紙を広げて読み上げて見せた。
消ゆる身は惜しむべきにもなきものも母の思ひぞさはりとはなる
「おいおいおい……、わかるぞよわかるぞよ……」
「ほかにもあります」
かさかさ、ぴらぁ〜。
残しおくそのみどり子の心こそ思いやられて悲しかりけり
「ごほっ!ぐすぐす」
ずるずる、ちーん!
「まだあります」
かさかさ、ぴらぁ〜。
木末よりあだに散りにし桜花さかりもなくて嵐こそ吹け
「確かにのう……。ひっくひく……」
「まだあります」
かさかさ、ぴらぁ〜。
「まだあるんかい!」
みがくべき心の月の曇らねば光とともに西へこそいく
「あああ…、ぶぉぉ……。もうたまらん。曇って目が見えぬわっ」
「次は私の娘の辞世」
かさかさ、ぴらぁ〜。
「どんだけ入るんじゃ、その懐は!?」
露の身の消え残りても何かせん南無阿弥陀仏に助かりぞする
「げほっ!ぶほっ!」
「次は別の娘『おほて』の辞世」
かさかさ、ぴらぁ〜。
「手品か!」
もえいずる花はふたたび咲かめやと頼みをかけて有明の月
「うぶぶるぶる……、ぐっすんすん」
パパパパッパパー。
「はい、別の娘、『ぬし』の辞世ぃ〜」
「四次元袋かっ!!」
嘆くべき弥陀の教への誓ひこそ光とともに西へとぞいく