2.禁

ホーム>バックナンバー2021>令和三年1月号(通算231号)三密味 空海vs修円2.禁

三密は空海
1.栗
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3.頓

空海ヤローのクソッタレがぁー!」
 山階寺に帰った後も、修円の怒りは収まらなかった。
「よくもよくもよくも、先帝の前で恥をかかせてくれたなー!!」
 修円は弟子の真如
(しんにょ)を呼びつけた。
 真如とは、高岳親王
(たかおかしんのう。高丘親王。「不戦味」参照)の法名である。
 彼は法相宗では修円の弟子だが、真言宗では空海の弟子であった。
 修円は真如に問うた。
法相宗など顕教
は、釈迦の建前にすぎないのか?」
「は?」
真言宗という密教こそ、釈迦の本音なのか?」
「はあ……」
 真如は答えられなかった。 
空海の著書、『秘密曼荼羅十住心論
(ひみつまんだらじゅうじゅうしんろん)』を読んでみた」
「ですか」
「人間の心には十段階あるというが、最高位は真言宗の境地だという」
「はい」
「第二位は華厳宗の境地だという」
「そうです」
「第三位は天台宗だという」
「はい」
「第四位は三論宗だという」
「ええ」
「そして第五位、大乗仏教でサイテーなのが法相宗だという」
「はい」
「ふざけるんじゃねぇー!」
「!」
「仏教で最高なのは法相宗じゃ!法相宗南都六宗で最強、南都七大寺最大の興福寺に伝来する最も尊い宗派なのじゃ! 現に僧綱
(そうごう。僧の役職)最高位である僧正には、法相宗僧の護命(ごみょう)翁が就いている! それなのに何じゃあの空海とかいうゲスヤローは! 至高の法相宗をおとしめるんじゃねえー!!」
「……」
空海に伝えよ! これは宣戦布告である! わしは空海を呪詛
(じゅそ)する! 空海もわしを呪詛せよ! これは互いの命を懸けた法力対決である! どちらかが呪い殺されるまで続けるとなっ!」
 修円は「果たし状」をなぐり書くと、真如に託した。

南都七大寺
法隆寺(ほうりゅうじ)
薬師寺(やくしじ)
大安寺(だいあんじ)
東大寺(とうだいじ)
元興寺(がんごうじ)
興福寺(こうふくじ)
西大寺(さいだいじ)

 真如は東寺に「果たし状」を届けたが、空海は相手にしなかった。
「バカバカしい。私は命を懸けた法力対決などしたくはない」
 実恵
(じちえ)や真済(しんぜい)ら高弟も師に同調した。
「すでに真言宗の優位は確定している」
「負け犬の遠吠
(ぼ)えにいちいち反応することはない」
 それでも、弟子の中には真紹
(しんじょう)ら急進派も存在した。
「果し合いを仕掛けられた以上、こちらも呪詛し返すべきですよ! そうしなきゃ、開祖さまだけが死んで、修円が生き残ることになりますよっ!」
 真紹は空海が天長元年(824)に神泉苑
(しんせんえん)で雨乞いの祈祷(きとう)を行った時、
『出ました!竜です!開祖さまの法力で竜が出ました!みんなには見えなかったんですか? 私はこの目で確かに見ました!』
 と、騒ぎ立てた人である。
 空海は一笑に付した。
「大丈夫だ。修円には法力はない。単なるイカサマ師だ」
「イカサマヤローならなおさらです。法力がないのなら、禁断の手段に出てくるでしょう」
「禁断の手段だと?」
「そうですよ! 暴力に訴えるんですよ! 法力がダメなら、刺客を差し向けてくるに違いありません!」

 真紹の予想は的中した。
 空海東寺の前で正体不明の悪僧たちに襲撃されて負傷したのである。
「やっぱりやりやがったな、コノヤロー!」
 真紹は山階寺に刺客を差し向けた。
 修円も新たな刺客を東寺に差し向けてきた。
 真紹も負けずに山階寺に刺客を差し向け返した。
「ここにいると生命の危険がある」
 そのため、空海紀伊高野山金剛峰寺
(金剛峯寺。和歌山県高野町)に避難することにした。
 一方、修円も大和の室生寺
(むろうじ。奈良県宇陀市)に避難した。
 それでも、二人の襲撃合戦が止まることはなかった。

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