3.耐えろー! | ||||||||||||||
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しばらくして、また仏殿に誰かが入ってきた。
「やはり、気になるのはここだ」
声に聞き覚えがあった。
さっきのリーダーらしき男であった。
「これだけ捜しても見つからないとなると、さっき調べなかったふたの開いていた箱が怪しい」
「なるほど。我々の心理のウラをかいたってわけですね」
「こしゃくなヤツだ。中から引きずり出してボコボコにしてやれ!」
「ははっ!」
ゴトッ、ゴトン。
さっきまで俺が隠れていた唐櫃はひっくり返された。
ガサガサガサ。
ぽい!ぽい!ぽい!ぶわさどわさ!ぶわさどわさ!もぬけのから〜。
「あれ?やっぱりいませんよ」
「中にあるのはお経だけです」
そりゃそうだ。
俺はとうに貴様らがあさり済みの唐櫃の中に移動済みなのだ。
「チッ!ここだと思ったのに、いないのかっ」
リーダーらしき男が部下に聞いた。
「ところで、このお経はどんな種類のお経だ?」
「えーっと。大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみたきょう)。大唐の三蔵法師(さんぞうほうし。玄奘)が訳したお経ですね」
「ほう。箱の中には『大塔の宮ちゃん』はおられず、『大唐の三ちゃん』がおわしましたか」
「ダジャレじゃーん」
兵たちはどっと笑った。
(くだらねえ)
俺もそう思ったが、なぜか、
「プッ!」
吹き出してしまった。
(大塔の宮ちゃんに大唐の三ちゃんだと!くだらなさすぎる!)
俺はツボにはまった。
「プププッ!」
くだらねえはずなのに、次から次へと笑いが込み上げた。
(まずい!見つかってしまう!耐えろ!耐えるんだ!)
俺は真っ赤になって耐えた。
ぴょーん。
すると、何かが俺に向かって飛んできた。
ぴょーん。
ぴょーん。
それも何匹か飛んできた。
(ノミだ)
かゆくなったので、すぐにそれと分かった。
(かきたい!)
でも、狭すぎてかけなかった。
唐櫃から出れば存分にかくことができるが、そんなことをすればたちまち兵たちに見つかってしまう。
俺はかゆみに耐えた。
ノミたちは喜んだ。
『コイツ、無抵抗だぜ』
ノミたちは仲間を大勢連れてきた。
『みんな、今日はおいらのおごりだ。チューチュー生き血を吸いまくってやれ』
『わーい!』
『いっただきまーす!』
ぴょーん!チューチュー!
ぴょーん!チューチュー!
ぴょーん!チューチュー!
ノミたちは容赦なかった。
チューチューチュー!
チューチューチュー!
チューチュー!ゲップゥ〜。
『うめえ!』
『若い男の生き血はおいしいわ〜』
俺はかゆくてたまらなくなった。
(あぁあ〜、かきてー!)
『母ちゃん。友達もつれてきてい〜い?』
『そうね。こういうときに点数を稼いでおくのよ』
『わーい。ついでに御近所さんも全員連れてこよー』
ぴょーん!
ぴょーん!
ぴょーん!
『ほう。ここかうわさのタダ食いレストランか』
『そうだよ。どんなに血を吸ってても追い払われたりたたかれたりしないんだって』
『いまどき殊勝な心がけの人間サマじゃないか。では、遠慮なく御馳走になることにしようか』
ぴょーん!チューチューチュー!
ぴょーん!チューチューチュー!
ぴょーん!じゅるじゅるじゅる〜ぱっ!
俺はもう限界だった。この強烈なかゆみが収まるのであれば、もうどうなってもいいと思った。
「うわあー!」
辛抱たまらなくなった俺は、ぐばっと勢いよく唐櫃から飛び出した。
「かいかいかいかいかいかいー!」
バチ!バチ!バチ!バチ!
「ノミども!よくもよくもたらふく血ぃ吸いやがったなー!」
プチ!プチ!プチ!プチ!プッチンプリ〜ン!
片っ端からたたきつぶすと、存分に体中かいた。
ぼりぼりぼり〜い、がりがりがりがり〜い。
「うーん、天国〜う〜」
かゆみが収まると、俺はハッと我に返った。
「しまった!出ちまった!」
事の重大性に気ついた俺は、ニワトリのようにせわしくバタバタ周りを見回した。
が、兵たちはとっくの前に帰ってしまった後であった。
[2012年2月末日執筆]
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