本文2.新羅征討伝説2 〜 神功皇后の新羅征討 |
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仲哀天皇の死は極秘とされた。
神功皇后が摂政に就任し、武内宿祢らがこれを補佐した。
神功皇后は、仲哀天皇が神のお告げに反発して死んだことが気になり、武内宿祢に琴を弾かせ、中臣烏賊津(なかとみのいかつ)を審神者(さにわ。神託読解者)として、再度、神がかりを行った。
「改めてお尋ね申し上げます。先日、新羅征討をお勧めになられた神様は、いったいどこの神様であらせられますか?」
まもなく、神は再来した。
『我は天照大神じゃ〜。それから、表筒男命(うわつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、底筒男命(そこつつのおのみこと)、つまり住吉三神(すみよしさんじん。住吉大社の祭神。海の神)もおるぞよ〜。新羅を得ようと思うなら、天神地祗(てんじんちぎ)を祭り、我が御魂を船に乗せて攻め込むのじゃ〜!」
神功皇后は肥前松浦(まつら。長崎県松浦市)にて最後の占いを行った。
釣り占いである。
「新羅征討が成功するのであれば、魚よ、これに食いつけ!」
そう叫んで、飯粒のついた釣り針を川に投げ入れたところ、アユが釣れた。
神功皇后は確信した。
「神々は我々に味方した! 必ずや、新羅征討は成功するであろう!」
このとき、神功皇后は妊娠していた。臨月を迎えていた。力んだせいか、危うく出産しかけてしまった。
そこで、またに石をはさんで懸命に我慢した。
(凱旋(がいせん)してからお産しよう)
そう誓ったのであろう。
征討軍の大船団は、大挙して新羅へと向かった。
魚たちもみな征討軍に味方し、船をかついで先導した。
風は絶えず順風で、波は常に朝鮮半島に向かって流れていた。
そのため、新羅では津波、高波になった。
国の半分まで、水浸しになってしまった。
新羅の国王は恐れおののいた。
「いったい何が起こったんだ!
これはどういうことだ!?」
「神々の軍隊が攻め寄せてくるとのことです!」
「なんだと! 神々の軍隊だと! そんなものに勝てるわけないではないか!」
新羅の国王は降伏した。
神功皇后は、国王を捕らえて馬飼にした(一説に殺害したという)。
帰国後、神功皇后は筑紫の宇美(うみ。福岡県宇美町)で皇子を出産した。
誉田別尊(ほんたわけのみこと・ほむたわけのみこと)、つまり、伝十五代・応神天皇(おうじんてんのう)である。