2.潜伏→決断 〜 刺客依頼 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2005>2.潜伏→決断〜刺客依頼
|
霜月騒動から五年の歳月が流れた。
オールマイティー凶悪父子は京都の郊外にいた。
人の多い都は稼ぎは多いが捕まりやすいため、昼間は郊外の森林や船宿に隠れ、夕方から都に出勤するようにしていた。
当然、職場は日替わり、勤務時間・時給などは不定である。
ある日、父子の潜伏する船宿に客が来た。
「ちゃん。誰か来ましたぜ」
「ちゃんに用があるそうですぜい」
光頼と為継は、性格はともかく、体だけは立派な青年に成長していた。
為頼が聞いた。
「まさか、六波羅の回し者ではあるまいな?」
それなら、とっとと逃げなければならない。
「いや。あれは鎌倉武士の言葉遣いじゃねーな」
「公家の使いかもしれねーよ」
為頼が出て行くと、なるほど、こぎれいで目元涼しげな品のよさそうな紳士である。
「浅原為頼はんですか?」
「いかにも」
「これはこれは」
ナゾの紳士は、いきなりうず高くカネを積むと、深々と頭を下げた。
「実は、これである親子を殺していただきたいのや」
「ある親子?」
「そうや。都で一番偉い親子や」
「都で一番……。ま、まさか……」
「そう。帝と太子や。帝は浅原はんにとってもカタキに当たる御仁や。何しろ今の帝を擁立したのは、浅原はんのカタキ、内管領・平頼綱やからな」
当時、皇統は二つに分裂していた。
後深草天皇(ごふかくさてんのう。上皇・法皇)を祖とする持明院統と、その弟・亀山天皇(かめやまてんのう。上皇・法皇)を祖とする大覚寺統である。
発端は、二人の父・後嵯峨法皇が文永九年(1272)二月に後継者を定めずに死んでしまったことにあった。
そのため、朝廷では論争が巻き起こった。
「正統な皇統は持明院統だ! 院(後深草上皇)が院政を行うべきだ!」
「いや、大覚寺統こそ正統だ! 帝(亀山天皇)が親政を行うべきだ!」
仲介した八代執権・北条時宗率いる鎌倉幕府は、後嵯峨法皇未亡人・大宮院(おおみやいん)の意思を尊重、大覚寺統に軍配を上げたのである。
結果、亀山天皇の親政が実現、文永十一年(1274)亀山天皇は子・後宇多天皇に譲位し、上皇として院政を開始した。
ここに大覚寺統が完全に朝廷の実権を握ったのであった。
後深草上皇は嘆いた。
「冬だ。持明院統に冬がやってきたのだ」
が、まもなく転機が訪れた。
北条時宗の死後、霜月騒動に勝利して幕政を握った平頼綱が大覚寺統の権勢を嫌ったのである。
「朝廷は分裂して争ってくれていたほうが都合がいい。一方に権力が集中すれば、幕府に脅威なだけだ。しかも治天の君(ちてんのきみ。ここでは亀山上皇のこと)は野心家。何を考えているか分からない」
弘安十年(1287)十月、幕府は関東申次(かんとうもうしつぎ。幕府との取次公家)・西園寺実兼(さいおんじさねかね)を通し、後宇多天皇(ごうだてんのう)に譲位を迫った。
後宇多天皇は渋々承諾、後深草上皇の子・伏見天皇(ふしみてんのう)に譲位したのである。
当然、院政も亀山上皇から後深草上皇に移った。
正応二年(1289)四月、幕府の圧力で伏見天皇の子・胤仁親王(たねひとしんのう。後の後伏見天皇)が立太子、失意の亀山上皇は九月に出家して法皇になり、十月には後深草上皇の子・久明親王(ひさあきしんのう)が鎌倉幕府八代将軍に就任、意気揚々と鎌倉に下っていった。
亀山法皇は絶望した。
「とほほ。院政も天皇も太子も将軍もすべて持明院統とは……」
形勢は大逆転、まさに持明院統の完全栄華であった。
そんな消沈の亀山法皇が、悔しさの余り伏見天皇と皇太子胤仁親王暗殺を謀ることは考えられないことではなかった。
為頼はナゾの紳士に聞いた。
「帝と太子の暗殺は、法皇の命令なのか?」
ナゾの紳士は醜く笑ってはぐらかした。
「ははは! そうそう。依頼人から武器も預かっていた。襲撃の時にはこれを使ってくだはれ」
ナゾの紳士は箱から太刀と弓を取り出すと、それを為頼に手渡した。
為頼、太刀を抜いて刀身を確かめる。
「すごい名刀だ……」
ナゾの紳士はうれしそうに言った。
「それはそうやろ。三条(さんじょう)家に代々伝わる名刀『鯰尾(なまずお)』やからな。それで帝と太子を見事一刀両断にしていただきたい」
「……」
「ただし、その刀は殺害現場に捨ててくだはれ」
「なんで?
もったいない!」
「その刀の持ち主に罪をなすりつけるためや」
「そういうことか。持ち主とは誰だ?
それも内緒か?」
「参議・三条実盛(さねもり)や」
「なるほど。あんたはソイツの失脚も望んでいるわけだな。ということはあんたはソイツの政敵か?」
「突付かないでくだはれ。とにかく、一石二鳥ってことや」
為頼は弓を引いてみた。強い弓である。
「よくこんなのを作れたな。なかなかできないのだぞ」
「大力の浅原はんのための特注品ですわ。カネや武器だけではありまへん。依頼人は浅原はんにそれ相応の官位を下さるそうや」
「何だ? 信濃介(しなののすけ。長野県副知事)か何かか?」
「へへへ。弓腹(ゆはら。弓のつる側の面)を御覧なはれ」
為頼は弓腹を見た。そして、そこに記してあった文字を読んで、仰天した。
「太政大臣源為頼っ!」
為頼は身震いした。
「しししし、臣下の最高位ではないかっ!」
「へへへ。ということで刺客依頼、引き受けてくらはるか?」
問われるまでもなかった。
「武士で太政大臣まで昇ったのは、かの平清盛ただ一人! 成功すれば武士として史上最高の栄誉を受けることができるのだ! 牢人浅原為頼、この刺客依頼、受けないはずないではないか!」