★  巨匠・近松門左衛門、激怒必定!?
  〜名作『曽根崎心中』をひっくり返す!!

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自殺(心中)大国日本
1.言うじゃな〜い、徳兵衛
2.言うじゃな〜い、お初
3.言うじゃな〜い、九平次

 平成十五年(2003)より盛んになった悪しき流行が二つある。
 一つは「振り込め詐欺
(オレオレ詐欺)」であり、もう一つは「ネット心中(自殺)」である。

「振り込め」の報道は、なんだか(不謹慎だが)笑えるものがあるが、「ネット心中」の報道は、どうにもやるせない気持ちにかられるのは、私だけではあるまい(「詐欺味」参照)
もったいない! 捨てるくらいなら、その命、くれっ!」
 そうせがみたいのは、私だけではないであろう。
 自分で死ななくても、人は必ず死ぬのである。どうせ死ぬのであれば、少しでも長く生いたいと思うのは、当然ではないであろうか? 一日生きれば一日分、余分に未知の歴史に立ち会うことができるではないか! 死に急ぐ人々は、輝かしい未来の歴史を見届けたくはないのであろうか?

輝かしい未来なんてないよ」
「そんなことより、今、生きているのがつらいんだよ」
「もう生きていけない……」
「生きている希望がない……」
「自分なんか生きていたって迷惑なだけだ」
「七、八人で
(自殺)やるのって、新しいよね」

 ほざけ! ほざけ! ほざけ!
 負け犬だ! 負け犬だ!! 負け犬だ!!!
 負け犬だって、吠
(ほ)えるではないか! 生きようとするではないか! どんなに小さな虫だって、殺されそうになれば抵抗するではないか! たたかれてもつぶされても、必死でもがき蠢(うごめ)き立ち上がろうとするではないか! それなのに何だお前らは! なぜ生きようとしない! 戦おうとしない! 不幸なんて悪魔はぶち殺せ!薄幸な運命なんてものは、ぶっ飛ばしてしまえ!
 いつもフワフワ漂っている連中は、ちょっと沈むとすぐこれだ。世の中には、はるかどん底でも必死に生きている人々もいるんだ! どん底というものは悲観するものではない! もがき苦しむものでもない! 来るべき栄光を夢見てワクワク楽しむものだっ!
 お前らは人間ではない! 生き物でもない! お前らは人間としてではなく、生き物としての最低限の使命を放棄しているのだっ! 世界中に宇宙中にツバしているのだ! 森羅万象すべてを冒涜
(ぼうとく)しているのだっ!

 暮れても夜は明けるものである。
 欠けても月は満ちるものである。
 冬が来ても、春は必ずやって来るものである。
「しまった。生きていれば、将来、あんなラッキーなことがあったんだ……。こんなハッピーなこともあったんだ……」
 後悔してももう遅い。ほんの一瞬の苦しみに早まって死んでしまった者はもう、この世の中に帰ってくることはできない。戻ってきたとしても、
「お化けだぁ!」
 と、逃げられ騒がれ成敗されるだけである。
 自殺者は永遠にこの世の春を謳歌
(おうか)することはできない。ほの暗い時空の狭間で(ときたま心霊写真に写っちゃったりしながら)他人様の栄華を指をくわえてのぞいているしかないのである。

*          *          *

 今に限ったことではない。日本では昔から自殺者が多かった。
 そもそも「HARAKERI
(腹切り)」などという言葉が英語の辞書に載っているほどの、古くからの自殺大国である。
 自殺は時に連鎖した。
 口コミや文芸作品やマスコミなどにあおられ、たびたびおぞましき「自殺ブーム」が巻き起こった。

 昭和七年(1932)五月、坂田山(神奈川県大磯町)で大学生・調所五郎(ずしょごろう)と女学生・湯山八重子(ゆやまやえこ)が服毒心中した。
 いわゆる「坂田山心中」である。
 翌月、事件をモデルにした松竹映画「天国に結ぶ恋
(五所平之助監督)」が大ヒット、若者たちは感銘し、
これこそ究極の愛のカタチだ! よし、ボクたちも死ぬぞ!」
 と、心中ブームが沸き起こった。 この年、坂田山での心中カップルは二十組に及んだという。
 この翌年には、死を招く女・松本貴代子
(まつもときよこ)が喧伝(けんでん)され、三原山(東京都大島町)火口での投身自殺ブームが流行、総勢九百九十四人が我先にと火口へと身を投げていった。
 また、昭和十一年(1936)には青酸カリ服毒自殺ブームが蔓延
(まんえん)、昭和十二年(1937)には宗教団体「死のう団」による「死のう団事件」が発生、警視庁前など五か所でみんなして血柱上げて切腹しまくっている。

 江戸時代にも、心中ブームは起こっている。
 仕掛け人は、元禄文化界の巨匠・近松門左衛門
 元禄十六年(1703)四月、大坂の曽根崎
(そねざき。大阪市北区)の森で醤油(しょうゆ)店平野屋の手代(てだい。使用人)・徳兵衛(とくべえ)と堂島の天満(てんまや。北区)の遊女・お初(はつ)が心中した。
 いわゆる「曽根崎心中」である。
 翌月、事件をモデルにした浄瑠璃曽根崎心中
(近松門左衛門作)」が大ヒット、若者たちは感銘し、
これこそ究極の愛のカタチだ! よし、ボクたちも死ぬぞ!」
 と、心中ブームが沸き起こったのである。
 もっとも近松には、
「ヒッヒッヒ! 心中ブームを起こしてやろう!」
 なんてタクラミは毛頭なかったであろう。彼はただ、売れる作品を書いて借金を返したかっただけなのだ。

 今回はその禁断の作品『曽根崎心中』を紹介する。
「そんなことしたら、心中ブームが起こってしまうじゃないか!」
 ふふん。安心していただきたい。すでにブームは起こっているし、私には影響力はないし、ちょこっと
(大幅に)物語を改造してやった。

 今回の作品は、近松本人及び、彼に傾倒する方々、不屈の名作『曽根崎心中』を美談と信じて疑わない面々にとっては、怒髪天を衝(つ)くものに違いない。
「心中なんて、自殺なんて、浪漫じゃないよ」
 そのことが言いたいがためだけに、私はここまでやってしまったのだ。

 ただし、美談の中には後世に作られたものが多いということは、紛れもない事実であろう。

[2004年10月末日執筆]
参考文献はコチラ

「曽根崎心中」主な登場人物 

【 徳兵衛 】とくべえ。平野屋の手代。お初の恋人。九平次の友人。

【 お 初 】おはつ。天満屋の遊女。徳兵衛の恋人。

【平野屋の主人】徳兵衛の主人。平野屋は醤油
(しょうゆ)屋。
【別の遊女】天満屋の遊女。

【  I  】徳兵衛のいいなずけ。平野屋のおかみの姪。

【油屋九平次】あぶらやくへいじ。徳兵衛の友人。

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