2.言うじゃな〜い、お初

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自殺(心中)大国日本
1.言うじゃな〜い、徳兵衛
2.言うじゃな〜い、お初
3.言うじゃな〜い、九平次

 案の定、徳兵衛は天満屋に入っていった。
 中をのぞいていると、別の遊女がおれのそでを引いた。
「ねえねえ、ダンナも一緒に遊んでいかな〜い?」
 おれはその遊女に聞いた。
「今の男、よく来るのか?」
「ええ。あの人はお初さん一筋ですよ」
「やっぱり……」
「そんなこといいから、ダンナも中へどうぞ。昼間っからイイコトしましょっ」
「こらこら、羽交いじめにするな。そんなことより、ちょっと頼みがある」
「え、何? 卑猥
(ひわい)な頼み? ちょっとだけよ〜ん」
「そんなんじゃないんだ。今の二人がどんな会話をしているか、後で教えてくれ」
「それはちょっと、反則なんで……」
 断る遊女にゼニをつかませると、遊女はそれを懐にしまって、また手を差し出してきた。
「もう一握りで反則解除」
「商売上手だな」
 おれ、追加分を渡すと、遊女は喜んで承諾した。
「じゃあ、後でゆっくり教えてあ・げ・る」

 その頃、徳兵衛とお初は寝物語。
「お初、うまくいったよ。君の言う通り、Iと結婚することにした」
「そう。それでいいのよ」
「でも、勘違いしないでくれよ。ボクはIのことなんて、何とも思ってないから。ホント、何とも思ってないから」
「知ってるわよ。すべては平野屋を乗っ取るためでしょ」
「そうなんだ。平野屋の後を継げたら、もうこっちのもんだからね。お初を身請けすることぐらい、簡単な大金が手に入るんだからね。そしたら、Iを追い出してボクと一緒に暮らそう。ボクが平野屋の主人で」
「私が平野屋のおかみ」
「そう! そうなんだよ! 楽しみだなっ!」

 おれはその話を遊女から聞かされて仰天した。
「徳兵衛め、そんなとんでもないことを考えていたのか……」

 おれは平野屋の主人に徳兵衛とお初の企てをチクッてやった。
 平野屋の主人は驚いて徳兵衛を呼びつけた。
 何も知らない徳兵衛は、笑顔でやって来た。
「なんですか、おじ様」
「お前におじ様といわれる筋合いはない」
 主人は怒っていた。
「またまた〜。もうおじ様みたいなもんじゃないですかぁ〜」
 ちゃかす徳兵衛に、主人が言った。
「姪との結婚の件だが、思うところがあって、もう少し先に延ばさせてもらう」
「え、どういうこと?」
「そういうことだ。わしはお前を信じていないわけではない。これから心入れ替えてしっかり働ければ、また同じ話をするつもりだ」

 徳兵衛は天満屋を訪れた。事の次第をお初に話した。
「結婚のこと、なぜか延期になってしまったんだ。どうしてかな?」
「バレたんじゃない?」
「ま、まさか……」
「じゃあ、何で延期になるのよ? 平野屋の主人、何か理由、言ってなかった?」
「ううん。『思うところがあって』って言ってたっけ」
「やっぱり、バレたわね。あなた、このこと誰かに話した? 話してないよねー?」
「話すわけないじゃないか! このことは、ボクと君だけの秘密なんだよっ」
「そう。それなら作戦変更よ」
「作戦変更?」
「あなた、平野屋の売上金を横領しなさいよ」
「横領! そんなことできるわけないじゃないか! 第一、バレたらどーすんだよ! クビだよ、クビ! そうなったら、店を乗っ取るどころじゃないよ!」
「分からない人ねえ。バレないようにチビチビ少しずつ横領するのよ。そしてそのカネを、店を乗っ取る時の資金にするの」
「なるほど。でも、そんな悪いこと、やっぱりできないよ」
「ふーん。あなた、私のこと、好きじゃないの?」
「好きだよ。すっごい好きだよ」
「だったら、やって。私を好きなら、私の喜ぶことをやって!」
「ううん……」
 気の進まない徳兵衛に、お初、すりすりすり寄ってきた。
「私、お金ほしいなー。ねえ、ちょーだい! ちょーだい! だってお金、平野屋に敷き詰めるほどあるのよ。どのみちあなたのものになる店に、わんさかしこたまあるのよ。それをちょっとの間、預かるだけじゃな〜い。そうよ! これは横領なんていう悪いことじゃないわ! 前借りなのよ! あなたと私、明るい二人の明るい将来のための保険金、積み立て金なのよ! 分かる? これは犯罪じゃないわ! いいことなのよ! ねえ、聞いてる? 私の言うこと間違ってる? ねーってばぁ!」
「全然間違ってないよ」
「だったらやって!」
「……分かったよ」
「やっと分かってくれた? 私の気持ちが通じたのね! それでこそ、私の愛したオトコよ! うれしー!」
「でも、バレないように少しずつだからなっ」

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