3.言うじゃな〜い、九平次 | ||||||||||||||
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平野屋で徳兵衛は売上金の横領を開始した。
バレないように、少しずつ横領し、その金をお初に預けていた。
でも、程なくしてバレた。
帳面が合わないのを不審に思った平野屋の主人が、徳兵衛を監視していたのである。
「何している?」
徳兵衛がかすめ取った小銭を勘定していたところに、平野屋の主人が登場してやった。
「こ、これは、その、あの……」
とっさにゼニをかき集めて覆い隠そうとした徳兵衛に、主人が言い捨てた。
「クビだ」
「へ?」
「お前のようなヤツは、この店にいらぬ。出て行け!」
徳兵衛は慌てた。
「え、そんな……。じゃあ、結婚の話は?
後継ぎの話は?」
「アホ! だれがお前なんかにかわいい姪や大切な店をくれてやるものか! 見るも汚らわしい! 今すぐ出て行け!」
徳兵衛は平野屋を追い出された。
徳兵衛は天神森(てんじんのもり。露天神社の森)にお初を呼び出した。
「大事な話があるんだ」
「どうしたの?
ウフッ!
とうとう店を継がせてもらえるのねっ」
「違うんだ。もうできないんだ。あのことがバレて、ボクは平野屋を追い出されてしまった……」
「え、ってことは……」
「そうだよ。
ボクは無一文になってしまったんだよ!」
すると、お初の態度は豹変(ひょうへん)した。
「情けないわねー。もういい。あなたなんかに愛想尽きたわ」
「え?」
「あなたとはお別れよ。金づるになれない男は、私はとってはオトコじゃないの」
「そんなぁ〜」
徳兵衛はお初にすがりついた。肩を揺さぶった。
「ボクは君のために店の金を横領したんだぞ! それがバレて、追い出されたんだぞ!
君のせいだ! なあ、ボクと二人でどこかで暮らそう。カネはあるじゃないか。今までボクが横領して君に預けておいた金があるじゃないか。なあ、今から一緒に出かけよう!」
「なにバカ言ってんの?」
お初は徳兵衛を振り払った。突き飛ばした。
「あんなはした金、いつまでもあるわけないじゃない! ホント小銭過ぎて、欲しいもの何にも買えなかったわ!」
徳兵衛はわなわなと震えた。お初をにらみつけた。
「はした金だって! 小銭だって! ボクが毎日、どんな思いであのカネを積み立てていたと思っているんだっ!」
「積み立てじゃないって。横領よ、オ・ウ・リョ・ウ!
キャハハ!」
お初は笑った。さもおかしそうに高笑いした。
それから、呆然(ぼうぜん)とする徳兵衛の手を取った。
「さあ、天満屋に帰りましょう。お別れに今夜だけ、あなたの好きなようにさせてあげるから。それで終わりにしましょ」
「そうかい」
お初が腕を引っ張ると、徳兵衛も歩き始めた。
が、二人の歩みはすぐに止まってしまった。
ブサリ!
徳兵衛がお初の背中に懐剣を突き立てたからである。
お初は振り返った。
徳兵衛が両眼を充血させながら、声を絞り出した。
「お言葉に甘えて、今夜は好きなようにさせてもらうよ」
徳兵衛は懐剣を抜いて振り上げた。
「キャー!」
お初は悲鳴を上げた。
「ボクは許さない!
君はボクの最後のオンナになるんだっ!」
「いやっ! 私は別の金持ちのオトコとやり直すのよぉ! 誰か助けて! 人殺しぃー!」
ブサッ!
グサッ!
ドサッ!
お初は絶命した。
「当然の報いだ!
ハハハハハハハハ!」
徳兵衛は狂笑した。そうかと思ったら、
「うぉおぉおぉおぉん!」
と、号泣した。
「でも、かわいそうな女だ」
徳兵衛は、お初の死に顔をいとおしげになでた。
「あんまりかわいそうだから、ボクも一緒に死んであげるねっ」
徳兵衛は自分ののどを刺した。お初に折り重なって死んだ。
翌朝、二人の遺骸が発見された。
「心中だそうだ」
いつのまにか、そういうことになっていた。
徳兵衛の遺体を見て、Iは泣いた。
「なんで?
なんで死んでしまったの……?」
彼が店を追い出されたことは、Iにはまだ知らされていなかった。
おれはIに言った。
「徳兵衛は、お初のことが本当に好きだったんだ……。お前なんかより、ずっとずっと好きだったんだ……。だから、二人で一緒に死んだんだ……」
Iは爆涙した。
「バカ!
バカ!
バカッ!」
反撃しないことをいいことに、徳兵衛の遺体をたたきまくった。
おれは叫んだ。
「徳兵衛は逝ってしまったんだ!」
そして、Iを後ろから抱きすくめた。耳元でささやいた。
「徳兵衛は逝き、お前はおれのもとに帰ってきたんだ! 昔に戻っただけじゃないかっ!
もう離さない! おれはお前を、もう絶対に離さないよっ! もう誰にも渡すもんかっ!」
しばらくして、Iは泣き止んだ。
おれの腕の中で、Iは尋ねた。
「私のこと、ずっとずっと大切にしてくれる?」
「もちろんだとも!」
おれは約束した。そして、心の中だけで続けた。
(お前は大切な金づるだから……)
三年後、おれは平野屋の主人になった。
[2004年10月末日執筆]
参考文献はコチラ
『世継曽我』(よつぎそが)
時代物。1683宇治座初演。近松の出世作。
曽我兄弟の家来・鬼王らの復讐物語。
『出世景清』(しゅっせかげきよ)
時代物。五段。1685大坂竹本座初演。
平家の落人・平景清による源頼朝への復讐物語。
『曽根崎心中』(そねざきしんじゅう)
世話(=世相)物。一段(三話)。1703大坂竹本座初演。
平野屋の手代・徳兵衛と天満屋の遊女・お初との心中物語。
『用明天王職人鑑』(ようめいてんのうしょくにんかがみ)
時代物。1705頃大坂竹本座初演。
花人親王(用明天皇)の仏教信仰物語。
『碁盤太平記』(ごばんたいへいき)
時代物。一段。1710頃大坂竹本座初演。
赤穂浪士の討ち入りを『太平記』に仮託して描いた物語。
『冥土の飛脚』(めいどのひきゃく)
世話物。三段。1711大坂竹本座初演。
飛脚宿亀屋の養子・忠兵衛と遊女・梅川との駆け落ち失敗物語。
『国性(姓)爺合戦』(こくせんやかっせん)
時代物。五段。1715大坂竹本座初演。
明の遺臣の子・和藤内(鄭成功)が祖国を再興する物語。
『平家女護島』(へいけにょごのしま)
時代物。五段。1719大坂竹本座初演。
独裁者・平清盛と彼に抵抗する人々を描いた物語。
『心中天網島』(しんじゅうてんのあみじま)
世話物。三段。1720大坂竹本座初演。
紙屋治兵衛と紀国屋の遊女・小春の心中物語。
『女殺油地獄』(おんなごろしあぶらのじごく)
世話物。三段。1721大坂竹本座初演。
河内屋与兵衛が豊島屋の女房・お吉を殺して金を奪う物語。
『心中宵庚申』(しんじゅうよいごうしん)
世話物。三段。1722大坂竹本座初演。
八百屋半兵衛とその妻・千代との心中物語。
※ 九平次は『曽根崎心中』に登場する架空人物と思われますので、彼が平野屋の主人になったことは史実として確認しておりません。