6.星空のあいつ | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2022>令和四年3月号(通算245号)侵攻味 小田原城奪取6.星空のあいつ
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その夜、伊勢宗瑞は大森藤頼の領内に勢子たちを進入させた。
いや、本当は勢子の格好をさせた兵たちを侵入させた。
兵たちは小田原城に乱入すると、たちまち門番たちをしとめて制圧してしまった。
バタバタバタ!バタバタバタ!
就寝していた藤頼は、誰かが走り回る物音で目覚めた。
「誰かある」
ぴゅ〜〜〜!
風が吹いて後、影のように滑り入ってきた者がいた。
「お呼びでしょうか?」
藤頼には見覚えなかった。
「誰だおまえは?」
「伊勢早雲庵宗瑞の乱破でござる」
「伊勢殿のラッパだと?」
「はっ。乱破ゆえ名乗れませんが、風魔と呼ぶ人もおります。今夜こちらにお招きいただいた勢子たちの頭を務めました」
「そうか。鹿たちはうまく伊豆へ追いやれたか?」
「おかげさまで」
「ところで、予の家来たちの姿が見えぬが、どうしたことじゃ?」
「夜も更けたゆえ、眠っておられるのでしょう」
「門番たちは起きているはずだが」
「いいえ。門番たちも眠っておりましたよ」
「なぜだ?」
「拙者どもが眠らせて差し上げましたので」
「え?」
「永遠の眠りに」
「!」
バラバラと現れた風魔の手下たちが藤頼を取り囲んだ。
「こは、どういうことじゃ?」
「まだわかりませんか? 御自分のこの状況が?」
ちゃっ!
風魔は刀を抜くと、藤頼に切っ先を突きつけてきた。
ちゃっ!
ちゃっ!
ちゃっ!
うーろんちゃっ!
取り囲んだ手下たちも、一斉に切っ先を突きつけた。
「お、おのれ! 謀ったのかっ!?」
「正解!」
「ガーン!」
藤頼はワナワナと震えて座り込んだ。
「伊勢殿は、どこにいる?」
「今、こちらに向かっておりまする。ほら、あちらの草原を御覧ください」
藤頼は風魔が指した草原を見やった。
星空の下に明かりが見えた。
松明に照らされたその姿は、まさしくゆっくりと歩いてくる宗瑞であった。
「城の乗っ取りはすべて伊勢殿が仕組んだのか?」
「御意」
「今まで仲良くしてくれたのは、すべてこうするためだったのか?」
「御意」
「まんまとだまされた予は、殺されてしまうのか?」
「いいえ。お命まではいただきません。しばらく城内の牢屋に幽閉した後、どこか遠い所へ行ってもらいます」
「そ、そんなことが許されると思っているのか! 予は決してこの城を明け渡さぬぞっ!」
「明け渡さなければ、『奥の手』を繰り出すだけです」
「奥の手?」
風魔が手下に指示すると、地鳴りが始まった。
どどどどどど。
どどどどどど。
どどどどどど。
「?」
むーむーむー。
むーむーむー。
むーむーむー。
何やら生き物の鳴き声も聞こえてきた。
「??」
地鳴りも鳴き声も次第に大きくなってきた。
どどどどどどどどどっ。
どどどどどどどどどっ。
どどどどどどどどどっ。
もーもーもーもーもー。
もーもーもーもーもー。
もーもーもーもーもー。
「!」
藤頼は気づいた。
「あいつらだ……」
風魔が指し示した。
「そうですあいつらです。あいつらはあちらの草原にもいますよ」
「何だって!?」
藤頼は再び宗瑞が迫ってくる星空の下の草原を見やった。
たくさんの「あいつら」が宗瑞の後をついてきていた。
「ほら、すでに城内にも、た〜くさんっ♪」
「うわあ、スゲーひしめき合っている! 全部で何頭いるんだ!?」
「千頭集めてみました」
「せっせっ、千頭〜!!」
「どうします? 城を明け渡すまで、あなたは牛まみれですよ〜ん♪」
「いややーーーっ!!!」
[2022年2月末日執筆]
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参考文献はコチラ
※ 伊勢宗瑞は「火牛の計」で小田原城を落とした説がありますが、この物語では「多牛の計」にしてみました。
※ 宗瑞の小田原城奪取は明応五年(1496)以降だったという説も有力です。あるいは何度か争奪戦になったのかもしれません。