2.とろいのダンナ

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地震と台風
1.変なおじさん
2.とろいのダンナ
3.お金持ち美女なんかに負けない
4.大王にしちゃえ!
5.大后さまのおしおき
6.クカタチってなんじゃいな?
7.本当に怖い大后さま

 去来穂別皇子(いざほわけおうじ・みこ。後の履中天皇)が石を投げた。
「やーい!」
 ぼて!
 住吉仲皇子
(すみのえのなかつおうじ)も石を投げた。
「のろまー!」
 びち!
 多遅比瑞歯別皇子
(たじひのみずはわけおうじ。後の反正天皇)も石を投げた。
「ドン亀野郎ー!」
 ごちん!
「いたい〜」
 いじめられていたのは、彼らの弟の雄朝津間稚子宿祢皇子
(おあさづまわくごのすくねおうじ。後の允恭天皇)
 彼らは伝十六代大王・仁徳天皇
(にんとくてんのう)の皇子たち。

【大王家略系図】(赤字は女性。重要人物のみ)
応神天皇 仁徳天皇 履中天皇 中蒂姫皇女
若野毛二俣王 (去来穂別皇子) [大草香妃→安康大后]
草香幡梭皇女 住吉仲皇子 磐坂市辺押磐皇子
[履中大后] 反正天皇 御馬皇子
忍坂大中姫 (多遅比瑞歯別皇子) 青海皇女
[允恭大后] 允恭天皇 木梨軽皇子
衣通郎姫 (雄朝津間稚子宿祢) 安康天皇
[允恭妃] 大草香皇子 (穴穂皇子)
雄略天皇
(大泊瀬幼武皇子)
※ 忍坂大中姫は若野毛二俣王の娘とも伝えられています。
※ 仁徳天皇の娘にも草香幡梭皇女がいますが、同一人物かどうかは不明。

「なにしてるの!」
 そこへ忍坂大中姫が姉・草香幡梭皇女
(くさかのはたひおうじょ・ひめみこ)とともに駆けつけた。
 仁徳天皇は応神天皇の子なので、姉妹は去来穂別皇子らの叔母
(または従姉妹)に当たるが、そんなに年は離れていない。
「ひどいじゃない!みんなで一人をいじめてっ!」
 幡梭皇女は去来穂別皇子らをしかりつけた。
「だって、こいつ、スゲーとろいんだもーん」
 そのすきに稚子宿祢は逃げ、大中姫の背中に隠れた。
「いいこいいこ」
 大中姫は頭をなでてあげた。
「ありがと〜、ナカちゃん〜」
 稚子宿祢は目を細めて身体をくにゅくにゅさせて喜んだ。
 これがいつものパターンであった。
 去来別穂皇子ら兄弟はあきれた。
「それにしても、稚子は大中姫になついているなー」
「愛玩
(あいがん)動物か!」
「結婚してあげれば〜」
 幡梭皇女まで勧めた。
「そうしてあげなよ」
「ううん〜」

 長じて大中姫はその気になった。
 結局、稚子宿祢と結婚してしまった。
 一方、幡梭皇女はちゃっかり去来別穂皇子と結婚していた。
 姉は妹に言った。
「よかったわね。お互い好きな人と結婚できて」
 去来穂別皇子は健康的で知的で格好良かった。
 住吉仲皇子は男前で、多遅比瑞歯別皇子は歯がきれいであった。
 それなのに稚子宿祢は、相変わらずどんよりしていて、病弱で言語不明瞭
(ふめいりょう)でしぐさも意味不明であった。
「なんかちがう〜」

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