4.大王にしちゃえ! | ||||||||||||||
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反正天皇五年(410?)、伝十八代大王・反正天皇が六十歳で没した(実際は五世紀前期と思われ、享年はもっと若いはずである)。
ちなみに履中天皇は伝十七代大王なので、これ以前に亡くなっている。
「好機だわ!」
忍坂大中姫は喜んだ。
彼女は夫・雄朝津間稚子宿祢を後継の大王に推挙するため、キングメーカーのもとを訪れた。
キングメーカーとは、羽田八代こと葛城葦田こと葛城玉田(以後、玉田と表記)。つまり、あの黒媛の父親であった。
「おじさま。後継の大王はもちろん葛城氏の女から生まれた王ですよね?」
「もちろんだよ」
玉田に異論はなかった。葛城氏の当主として当然のことであった。
ちなみに履中天皇と反正天皇の生母は葛城磐之媛(かつらぎのいわのひめ。玉田の姉か妹か姪)であり、稚子宿祢は彼らの同母弟であった。
が、玉田が同じた理由は稚子宿祢を大王にしたいわけではなかった。
黒媛の子、つまり外孫・市辺押磐皇子を推したいからである。
そのことを分かりきっている大中姫は提案した。
「大王に幼子を立てると影で権力を握りやすいですけど、それって、群臣たちには魂胆ミエミエですよね」
「……」
「その点、大人を立てると群臣たちの反応は少ない。たとえその大人がどんなにとろい大人であっても」
玉田は理解した。
「そういうことか。夫を即位させることがねらいなのだな?」
「そういうことです。いずれにしてもおじさまが影で権力を握ることには変わりありません。わが夫も市辺坊ちゃまも同じく葛城一族です。私だって、市辺坊ちゃまが憎いからこんな提案をしているわけではありません。市辺坊ちゃまが幼いのを心配しているんです。もし、夫の即位がかなえられれば、市辺坊ちゃまが成人した暁に、夫の次の大王として全面的に推すことを誓います」
玉田は笑ってしまった。
「フッ。今はそう思っていても、月日が心変わりさせるものだ。親族の子女よりも、やはり自分の子や孫のほうがかわいいからな」
「私は本気で頼んでいるんです! 約束は必ず守ります! 私の心は将来にわたって変わりません! 私を信じてくださいっ!」
「女心は何とやら〜」
大中姫は怒った。声を震わせて訴えた。
「そんなに私の将来の心が信じられないのであれば、今現在の私の心をお試しくださいっ!」
彼女は玉田をにらみつけて涙ぐむと、衣の帯を解き始めた。
「な、何のマネだっ!?」
玉田は慌てた。あたふたした。
ずりずり、どしゃ!すっぽんぽーん!
そして、一気に衣が落ちると、もう目を見張るしかなかった。
何かを察したのか、ちょうど玉田の妻がのぞきにきた。
「葛湯、飲みます〜? あれまぁー!!」
玉田は混乱した。
妻の鬼顔を見て、
「どわーっ!!」
と、仰天し、大中姫に向き直って、
「ぬえーっ!!」
と、錯乱した。サルのようにあっちこっち無作為に不自然に無意味に飛び跳ねてみた。この状況ではもう承知するよりほかになかった。
「わかったわかったー! 市辺の即位は見送るー! 成人するまで辛抱してやればいいんだろーがーっ!」
こうして玉田の意向を受けた群臣会議によって稚子宿祢が大王に推された。
が、肝心の稚子宿祢が即位を渋った。
「ボクなんかに無理だよ〜。ボクは病気だし、とろいから〜」
大中姫は自ら手を洗う水を汲んできて、夫に差し出して促した。
「群臣はみなあなたが大王になられることを望んでおります。大王にさえなれれば、金に糸目をつけずに外国の名医を呼ぶことだって可能です。どうか御即位を!」
それでも稚子宿祢は立とうとしなかったため、大中姫はしかりつけた。
「あなたが立つまで、私はここを動きませんっ!」
寒い冬の風の強い日のことであった。
水の重みで手が震えても、風の冷たさに体が凍えても、大中姫はいつまでもそのままの姿勢でそこにい続けた。
稚子宿祢は感動した。爆涙した。たまらず抱きついて謝った。
「ナカちゃん、ごめんよー!ボクは君さえいてくれれば、即位だってなんできるんだーっ!
ボクは君のために大王になるよぉーっ!」