7.本当に怖い大后さま

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地震と台風
1.変なおじさん
2.とろいのダンナ
3.お金持ち美女なんかに負けない
4.大王にしちゃえ!
5.大后さまのおしおき
6.クカタチってなんじゃいな?
7.本当に怖い大后さま

 允恭天皇五年(416?)になる頃、政界の重鎮・葛城玉田が大后・忍坂大中姫に切り出した。
「そろそろ市辺押磐を太子
(皇太子)に」
 大中姫は約束を思い出した。いや、忘れていたわけではなかった。わざと奥のほうにのけておいただけである。
「あー、あのことね。まだ早いわ。夫もピンピンしているしー」
大王のことは関係ない。市辺が成人したら交代する約束だ」
「わかってますって」
「よもやそなた、自分の子の木梨軽皇子に継がせようと考えているのではあるまいな?」
 図星であった。
 見透かされた彼女は、ごまかすために強く言い放った。
「うるさいわねー!忘れてないって言ってるでしょっ!」
 玉田は疑いの視線を残したまま帰っていった。

 大中姫はいらついた。
「お母さま、御機嫌悪いんですか?」
 りりしくなってきた木梨軽皇子の顔を見ると、ますます玉田に腹が立ってきた。その娘・黒媛にもである。
 黒媛は前々妃として、以前として強権を振るっていた。
『何が大后よ、大中姫。先輩に向かって、ナニサマのつもり? ホーッホッホ!』
(あの女が相変わらずふんぞり返っているのも、全部玉田が強大なせいだわ)
 大中姫は邪心を抱いた。
(そうだわ。あんなヤツ、消してしまえ!ヒッヒッヒ!)

 七月、地震が起こった。
 これが日本史上最初に記録がある「河内の地震」である。
 大中姫は、先代・反正天皇の殯宮
(もがりのみや。正式に埋葬するまで遺体に安置しておいた宮殿)の番をしていた玉田に走り屋・尾張吾襲(おわりのあそ)を遣わした。
「大后さまが言われました。『玉田宿祢は地元に帰り、地震で壊れたところを直してくるように』と」
「しかし私には殯宮の番がある」
「非常事態が起こったのです。そのことについては部下に任せておけばよいと」
「そうか。それならちょっと行って被害状況を調べてくる」

 こうして玉田は地元・葛城(奈良県御所市大和高田市周辺)に帰った。
 が、これは大中姫の策略であった。
 尾張吾襲は戻って允恭天皇にこう告げたのである。
「葛城玉田宿祢、殯宮の番を放り出して国へ帰りました!」
「なんと!」
 允恭天皇は驚いたが、大中姫はクスリと笑みを漏らした。
「どういうつもりだ?」
「謀反じゃないですか〜」
 大中姫の言葉に、允恭天皇はプルプルと体を震わせた。
「吾襲。もう一度葛城へ行ってみて参れ!玉田をここへ連れてくるのじゃ!」

 吾襲は再び葛城へ赴いた。
 玉田は修繕工事に携わっていた人々を集めて酒宴をしていた。
「吾襲か。こちらの地震はたいしたことはなかったぞ。修繕は終わった。じきに戻る」
 吾襲が言った。
「それはようございました。ところがこちらは大変なことになっております。大王さまはカンカンです」
「どうしてだ? 何をお怒りなのだ?」
「あなたさまが勝手に殯の番を放棄したことに」
「何を言う! 私は大后の命令で放棄したのだ!」
「はい。それは大后さまの御命令であり、大王さまの御命令ではありません」
「貴様! 私をだましたのか!」
「だましてはおりません。私は先は大后さまの御命令を伝え、今は大王さまの御命令をお伝えしているだけでございます。それでは失礼。早く大王さまに報告しなければなりませんので」
 吾襲は逃げるように去っていった。

(どうしてこんなことになったのだ?)
 玉田はわけがわからなかった。そして、吾襲の言ったことが気になった。
(ヤツは今度は何を報告するというのだ?)
 玉田は不安になった。
(私が酒宴をしていたとでも報告するのであろう。そうすることによって、また大王との溝が深まるというわけか。そうはさせるかっ!)
 玉田は部下に吾襲を追わせてこれを殺させた。
 で、自分は祖父
(または曽祖父)に当たる武内宿祢の墓域に逃げ込んだのである。

「尾張連吾襲が玉田宿祢に殺されました!」
 報告を受けた允恭天皇は激怒した。
「申し開きがあるなら、一刻も早く参上せよっ!」
 玉田は覚悟して参上することにした。
(私を殺したいと思っているのは大后だけだ。大王は私を殺さないし、大后もまさか大王の前では殺すまい)
 でも、念のため用心し、衣の下に冑
(よろい)を着て参上した。

 允恭天皇はそれを見逃さなかった。
 念のため、釆女
(うねめ)に酒を注がせ、玉田の衣の下の様子を探らせた。
「確かに冑を着ていました」
 大中姫は確認するように言った。
「つまり、謀反の容疑も立証されたということですわ」
 が、允恭天皇は意外と冷静であった。こんなときに限って、なぜか知的で慎重であった。
「うぬぬ……。しかし、これだけでは謀反の罪までいかないのではないか」
 大中姫は引き下がらなかった。ここぞとばかりにウソを重ねた。
「いいえ。私は玉田が憎くてたまりません。あの男はかつて、あなたを大王にする見返りとして私を奪おうとしました! それも一度や二度ではありません! 何とかして私をモノにしようと昼夜問わず私を追い回し、私を恐怖のどん底に突き落としたんです! お願いします! 私のためにもあの男を討ってください! これ以上、私を苦しめないでくださいっ! あの男が生きている限り、私はずっとずっと苦しみ続けることになるんです!」
 大中姫は允恭天皇に抱きついた。
 ほおを寄せて顔をそらし、見えないよう「でへっ」と笑った。
「知らなかった……。ナカちゃんがそんなに苦しんでいたなんて……」
 允恭天皇は完全にだまされた。
 その狂喜の妻の震えを恐怖の震えと勘違いした。
「幼い頃、ナカちゃんはみんなにいじめられていたボクを助けてくれた……。いつもいつも助けてくれた……。そんなナカちゃんをいじめるなんて、ボクは許さない! たとえ誰であろうと、絶対に許さないからーっ!」
 允恭天皇は立ち上がった。即決断し、群臣たちに厳命した。
「葛城に兵を遣わせー! そして、玉田を討ち滅ぼすのじゃーっ!」

 玉田は瞬く間に自邸を攻め囲まれ、捕らえられて殺された。享年は不明。墓も定かではない。
 その後もしばらく葛城氏の権勢は継続するが、やがて眉輪王
(まゆわおう・まよわおう)の変によって滅亡してしまうのである(「2003年8月号 非行味」参照)

 こうして大中姫は権勢家玉田を滅ぼし、夫允恭天皇を権力者にすることができた。
 が、それからの大中姫は、夫の愛を一身に受け続けることはできなかった。
 よりにもよって允恭天皇は、とんでもない女に目をつけてしまったのである。

ナカちゃん。この間、君の妹を見かけたよ。君の妹って、かわいいね〜。とってもとっても、かわいいね〜。へっへっへ!」

 大中姫の妹――。
 それは、かの伝説の美女・衣通郎姫
(そとおりのいらつめ。衣通郎女・衣通姫)のことであった。

[2007年7月末日執筆]
参考文献はコチラ

※ 允恭天皇の皇女・軽大娘皇女(かるのおおいらつめおうじょ・ひめみこ。軽大郎女)にも「衣通姫」の異称があります。
※ この物語の忍坂大中姫は悪女ですが、実際そうだったとは言い切れません。ただし、強権を振るっていたことは確かなようです。

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