3.動 天 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2022>令和四年9月号(通算251号)白河味 嘉保の強訴3.動天
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白河上皇が郁芳門院と一緒に猿楽を見物していたところ、関白・藤原師通が報告した。
「源の一味がもめ事を起こしました」
「また源義綱の件か?」
「はい。美濃国内にある延暦寺の荘園を美濃国司が接収したと日吉社(ひえのやしろ。山王社。後の日吉大社。滋賀県大津市)神人(じにん)たちが憤っています」
同時代は神仏習合のため、比叡山にある延暦寺と日吉社は一体の組織であった。
「義綱は美濃守である。美濃国内の荘園の処断は守に任せている。叡山は美濃国司に従うべし」
「問題は土地だけではありません」
「何だと?」
「叡山側に死人が出たため、引き下がれなくなったようです」
「僧が殺されたというのか?」
「円応(えんおう)なる山法師が、運悪く逮捕時に死んでしまったようです」
「職務上、やむを得なかったことではないのか?」
「義綱側はそう主張していますが、叡山側は納得せず、義綱の美濃守解任と処罰を求めて大挙して上京してきました」
「何だと! 山法師どもが押し寄せてきているのか? こちらの守りはどうなっている?」
「義綱や中務丞(なかつかさのじょう)・源頼治の手勢が賀茂河原で守備についています」
「ならば話は早い。山法師どもに矢でも浴びせて追い返せ!」
「いつもならすぐにそうするのですが、今回は少し訳が違います」
「いつもと何がどう違うんだ?」
「連中は日吉社の神輿(みこし・しんよ)を担いで上京してきているのです」
「ぬぬぬ……」
神輿とは文字通り神を乗せた輿である。つまり、神輿に矢を射れば、神を射たことになってしまうのである。
「いかがいたしましょうか?」
「公卿たちの意見はどうなっている?」
「私を含め、矢を射てでも追い返せが大勢です」
「それが正解であろう」
「よろしいのですね?」
「やむを得まい」
師通が去ると、郁芳門院が聞いた。
「大丈夫? 神様に矢を射ちゃったら、バチ当たらない?」
「大丈夫だ。神様は人を善に導くお方だ。悪に加担するヤツは断じて神様なんかではない」
師通は義綱や頼治に山法師追討を命じた。
義綱は意気込んだ。
「討伐王におれはなる!!!!」
そして、山法師どもに警告した。
「神仏の威を借りた偽善者どもは今すぐここから立ち去れ! 去らねば射るっ!」
日吉社禰宜(ねぎ)・友実(ゆうじつ)が神輿を押し出してきてすごんだ。
「黙れ! 宗教弾圧を仕掛けてきた鬼ども! ここにおわすは正一位大山咋大神(おおやまくいのおおかみ)、山王百八社の総主神、日吉大権現なるぞ! 頭が高い! 控えおろーっ!」
「美濃守殿の手をわずらわせるまでもない」
頼治が弓に矢をつがえて狙いを定めた。
キリキリキリ。
友実は焦った。
「ま、まさか、マジで射るつもり!? 暴力反対! 神仏を怒らせると、恐ろしいバチが当たっちゃうんだぞぉ〜!」
「それがどうした」
ひょう!
矢は飛んだ。
ぷちゅ!
友実の胸に命中した。
「あわわ!」
みるみる血がにじんできた。
「て、てめー! 地獄に落ちるぞぉ〜!」
どちゃ!
友実は崩れ落ちた。
義綱は命じた。
「敵はひるんだぞ! もっと矢を放てーっ!」
ぴゅん!
ぴゅん!
ぴゅぴゅん!
山法師どもは混乱した。
「ギャー! ほんとにぴゅんぴゅん撃ってきた〜」
「うえ! 神輿にも当たったぞ!」
「ひぃっ! 死んじゃって人がいる〜!」
「誰か、ボーズを呼べ!」
「はい! ここに大勢いまーす!」
「そういえば俺もボーズだった!」
「葬儀費用の見積もりはこのようになっております〜。にぎにぎ」
「ていうか、逃げろー!」
みなみな、ほうほうの体で逃げていった。