3.なぶったろ

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森友学園問題
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2.邪魔したろ
3.なぶったろ
4.チクったろ

 豊田正作が赴任して以降、二宮尊徳の桜町仕法は停滞した。
「ダメだ! こんな状態では十年で復興なんてできない!」
 尊徳は頭を抱えた。
 妻の波子が励ました。
「きっとできますって! もう少しがんばりましょう!」
「何もわかっていないな。名主らは連夜豊田を接待しているんだぞ。彼らが結託して仕事の邪魔をしてきたら、こっちは手の打ちようがない」
 波子は楽観的であった。
「大丈夫ですって! 前に名主邸に用事があってのぞいてきたんですけど、接待してたのはブスばっかでしたよ。アンナノたちに接待されたって、豊田さまはなびかないわよ」
 どうやら波子は名主らが「主犯」で豊田が「共犯」と勘違いしているらしかった。
 すると尊徳は、波子の顔をまじまじと見た。
「そういえば、おまえって、きれいだな」
「なんですかそれ」
「おまえならできる!」
「え? 何が?」
「おまえが昼間、豊田を接待してくれ!」
「はあ?」
「豊田は名主らに毎晩接待されている。おまえが毎昼接待すれば、豊田は一日中酒びたりになるんだよ! 四六時中酔っ払っていたら、とても私の仕事の邪魔なんかできなくなるんだよ! 彼が邪魔しなければ、私は仕事ができる! これはいい! 私の仕事のためだ!頼む、やってくれ!」
「でも、豊田さまにはお酒を勧めるだけですからね」
「当たり前だ! 豊田を朝から晩までベロンベロンにしておきさえばそれでいいのだ!」
「わかりました。やってみます」

 翌朝、波子は豊田に酒を届けた。
「いつも主人がお世話になっております〜。お酒をどうぞ」
 飲ん兵衛の豊田は悪い気はしなかった。
「あ、すまないね、奥さん。酒の贈り物は飽きないからありがたいよ」
「さあさあ、一杯どうぞ」
「朝っぱらからまずいでしょ〜」
「そんなこと思ってないくせに〜」
「でも、仕事に行かなくっちゃ」
「仕事? どーせ部下に丸投げなんでしょ?」
「全部お見通しかよ。そんなら一杯だけ」
 くい。
「プハー!こいつはうまい酒だ」
「そんならもう一杯」
 くいっくいっ。
「うめー! うめーよー!」
「それそれそれ」
 ぐびぐびび!
「アハハー! 朝っぱらから愉快になっちまったぜー。あんたもどうだい?」
「あたしは仕事がありますので」
「なんだよー、俺だけ独りで酔っ払いかよー」

 その晩、帰宅した尊徳の顔は晴れやかだった。
「今日は豊田が職場に来なくて本当によく仕事ができた」
「それはようございました」
「豊田にたった一日邪魔されないだけで、こんなに仕事がはかどるものとは思ってなかったよ」
「ようございました」
「明日からも毎日頼む」
「え?」
「今朝みたいに毎朝豊田をベロンベロンにしに行ってくれ」
「!」
「そうすれば私は仕事ができるんだよ! 続けてくれよ!」
「……。わかりました。やれるだけやってみます」

 こうして次の朝も波子は豊田に酒を届けた。
 次の次の朝も届けた。
 次の次の次の朝もやって来た。
「今日もお酒持ってきました」
「いいねー」
「毎朝お酒じゃ嫌ですか?」
「嫌じゃねーよ、酒は別腹だから」
「それはようございました」
「それに、あんたが来るのはうれしい」
「え?」
「俺は夜は名主に接待されているんだが、彼らが連れてくる女はブスばっかりだ」
「ププッ!」
「知ってるのか?」
「以前、少し見ました」
「だろーん? アンナノらと比べるとあんたはベッピンだよー」
「ありがとうございます」
「なんかもう、こうしていると他人じゃないみたいだ」
「他人ですよ」
「いっそのこと、他人じゃなくなろうか?」
「あたしにはダンナも子どももいますので」
「そうだった。あぶねーあぶねー」
 豊田は正気に戻った。口調が低くなった。
「あんたのことは調べさせてもらったぜ。岡田波子」
「へ?」
 波子は突然旧姓を付けられてビクッとした。
「あんたは、あんたのダンナ金次郎が再興した服部家で女中をしていたそうだな?」
「ええ」
「あんたは金次郎の妻だけど、二番目の妻だそうだな?」
「まあ」
金次郎には『中島きの』という先妻がいたが、別れてあんたと一緒になった」
「はい。服部十郎兵衛さまが離婚して独り身になったダンナを紹介してくれました」
「本当はそうじゃないだろ?」
「はい?」
「順序が逆なんじゃないのかい?」
「え? え? 何も間違ってませんけど?」
金次郎が離婚したから一緒になったんじゃなくて、あんたとの仲がバレたんで離婚したんじゃないのかい?」
「!」
「かわいそうな中島きの……」
「……」
「服部家再興中、金次郎とあんたはいつも一緒だった」
「……」
「きのは家でずっと独りぼっち」
「……」
「できた子どももすぐに死んじまった」
「……」
「きのは毎晩泣いているのに、波子は毎晩喜んでいる」
「……」
「ひどい女だね」
「……」
「あんたは、きのの人生を台無しにした」
「違います!」
「何が違うんだ? こうやって今度は俺の人生を台無しにしようとしているじゃないか! あんたら夫婦の魂胆はお見通しだぜ! 俺を酒色に溺れさせて追い落とすつもりなんだろ?」
 ビチャーン!
 波子は豊田の顔に酒をぶっかけた。
 かと思ったら、タタタタッと駆け去っていった。
 豊田は嬉しそうに顔をふいた。
「正体現しやがったな、メギツネめ」

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