ホーム>バックナンバー2014>3.さよならバイビー
「執権赤橋相模守守時切腹ー!」
「堀口貞満・大島守之軍、巨福呂坂を突破ー!」
「堀口軍、山之内(やまのうち)まで進撃ー!」
知らせを聞いた大館宗氏は悔しがった。
「クソッ、堀口に先を越されたか!」
江田光義も驚いた。
「速いですな。それに比べてここ極楽寺坂の大仏勢の守りは堅い」
「何とかならぬのか。我々がもたついていれば、ヤツらに御所への一番乗りの手柄を奪われてしまう」
「では、坂突破をあきらめて回り道をしては?」
「回り道だと?」
「稲村ヶ崎から鎌倉へなだれ込むという手も」
「バカか。稲村ヶ崎の向こうは海ではないか。船もない我々がどうやって海上から攻め寄せるのだ」
「裏技がある」
「どんな?」
光義は宗氏の耳元でコショコショコショと説明した。
「ほう、おもしろい」
宗氏は理解した。
「使えるだろ?」
「ああ、まずは地元の者を呼んで詳細を聞こう」
が、そこへ知らせがあった。
「先陣、極楽寺坂を突破!」
宗氏は喜んだ。
「どうやら江田殿の策は空論に終わったようだ。者ども、拙者に続けー!」
「あいあいさー!」
宗氏は極楽寺坂を駆け抜けた。
大仏軍は撤退したが、妨害する者が別に登場した。
「やあやあ我こそは大仏陸奥守貞直の家来、本間山城左衛門入道(ほんまやましろざえもんにゅうどう)!主君の代わりにわしがここを通さぬ!」
この男、「子供味」に登場した本間山城入道てある。
主君貞直の勘気を受けて謹慎していたというが、理由は不明である。あるいは例の「ナンデモ」の件だったのかもしれない。
「しゃらくせー!拙者は堀口に勝たねばならぬのだ!ザコどもは、引っ込んでろ!」
が、ザコどもは引っ込んでくれなかった。
みんなして宗氏の馬を取り囲み、刃物で馬をツンツンしまくったのである。
「ひひゃーん!」
どう!
たまらず馬は棒立ちになり、宗氏を落馬させてしまった。
「今だ、討ち取れー!」
本間のザコが宗氏を組み伏せて刺した。
ブスッ!
「何の!」
ガシッ!
宗氏もザコに刺し返した。
相打ちであった。
「敵の大将、大館又次郎宗氏を討ち取ったりー!」
本間は宗氏の首を斬ると、それを刀の切っ先にリンゴ飴(あめ)みたいに突き刺して、貞直の陣に参上した。
しかし貞直は許さなかった。
「本間だと?余はヤツを許したわけではない。どの面下げて戻ってきた。追い返せ」
で、本間を幕内に入れようとはしなかった。
「やむをえまい」
本間は切腹して果てた。
死んだと聞いて、さすがに貞直も幕から出てきた。
そこで本間の遺体と「リンゴ飴」を見た。
家来が説明した。
「大館宗氏の首です。本間は殿の代わりに大館軍を撃退しました」
貞直はぐっときた。
顔をそらして泣き顔を見せずに言った。
「みなの者、本間の志をたたえよ!」
それが精いっぱいであった。
時に元弘三年(1333)五月十九日。