2.生きるために負ける

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大相撲場外場所
1.生きるために勝つ
2.生きるために負ける
3.生きるために殺す
4.生かすために代用す

 当麻蹶速の大力および富豪っぷりは、大王の耳にも届いた。
日本書紀』には伝十一代・垂仁天皇
(すいにんてんのう。「天皇家系図」参照)とあるが、このあたりの大王は、他の大王の逸話が重複しており、誰が実在か架空かは定かではない(あるいは垂仁天皇は応神天皇に先んじてやってきた天神族で、東海地方及び近畿地方東部に勢力を張った別系統の豪族かも知れない)
「当麻蹶速とやらはそんなに強いのか?」
「ええ。近隣の者でヤツにかなう者はおりません」
 答えたのは、市磯長尾市
(いちしのながおち)
 倭氏
(やまとうじ)の祖、大和神社(おおやまとじんじゃ。奈良県天理市)の神官で、垂仁天皇の側近とされている男である。
「天神族の若者も何人か挑戦しましたが、だれもヤツを倒すことはできませんでした。まさしく当麻蹶速は地祗族の期待の星です」
 天神族の親玉である垂仁天皇はおもしろくなかった。
「星が輝くのは天である。常に天だけである!地に星が輝くことは絶対にない!もし、そういったものが存在する場合は、即座に射落とすだけだ!天神族で最強の男は誰か?」
出雲に野見宿祢
(のみのすくね)なる大力の男がおります。おそらく彼が最強かと」
「よし。その男を蹶速に当てよ!どうあがいても天に地がかなわないことを、大衆の面前で思い知らせてやるがいい!」
「ただ、まともに戦っては、天神族最強の男が地祗族最強の男に勝てるとは限りません。あらかじめ『仕掛け』が必要かと」
「どんな手を使ってもかまわぬ。天が勝てばそれでいいのだ」

 長尾市は当麻蹶速を呼びつけた。
「何でしょうか?」
 蹶速はやって来た。
 その間に長尾市は兵を遣わして彼の妻子を捕らえた。
「キャー! なにすんのー!」
「やめてー!」
「いたい〜!」
 妻子は縛り上げられ、蹶速の前に突き出された。
 蹶速は怒った。
「これはどういうことだ!」
 長尾市は説明した。
「お前には野見宿祢と相撲をとってわざと負けてもらわなければならない。妻子はそれまでの人質だ。もし勝ってしまったら、妻子の命はない」
 兵たちが妻子に刃物を突きつけて脅した。
 妻子は騒いだ。
「父ちゃん! こわいよー!」
「助けてよー!」
「あなた! これはどういうこと!?」
 蹶速は長尾市に聞いた。
「おれは命をかけて相撲をとっている。負ければ生きていけないからだ。わざと負けるからには、命の保障とそれなりの見返りはあるんだろうな?」
「もちろんだ。打ち合わせどおり負ければ、お前は怪我
(けが)をすることもないし、今までに倍増する土地と豪邸を与えよう」
「約束だぞ」
「ああ。約束は守るよーん」

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