3.生きるために殺す | ||||||||||||||
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長尾市は野見宿祢も呼びつけた。
「何でしょうか?」
野見宿祢はやって来た。
その間に長尾市は兵を遣わして彼の妻子を捕らえた。
「キャー!なにすんのー!」
「やめてー!」
「いたい〜!」
妻子は縛り上げられ、野見宿祢の前に突き出された。
野見宿祢は怒った。
「これはどういうことだ!」
長尾市は説明した。
「お前には当麻蹶速と相撲をとってわざと勝ち、これを殺してもらわなければならない。妻子はそれまでの人質だ。もし、ヤツを殺せなければ、妻子の命はない」
兵たちが妻子に刃物を突きつけて脅した。
妻子は騒いだ。
「父ちゃん!こわいよー!」
「助けてよー!」
「あなた!これはどういうこと!?」
野見宿祢は長尾市に聞いた。
「当麻蹶速の豪傑ぶりは出雲まで聞こえている。いつか対決したかった相手だ。だが、わざと勝てとはどういうことだ?しかも殺せとは?」
「当麻蹶速は地祗だ。我々がひどい目にあわせてきた、地祗族の英雄なのだ。そのような者を生かしておけば、いつか天神族に害をなすようになるであろう。だからこそ、今のうちに消しておかねばならないのだ。すべては大王の命令だ。勅命に逆らうことは、お前自身の死を意味している」
野見宿祢は気分悪く納得した。
おびえている妻子を見ては、承諾するよりほかになかった。彼は念を押した。
「わかった。勅命どおりにすれば、妻子に危害を加えないと約束してくれ」
「もちろんだよーん」
こうして垂仁天皇以下、群臣たちの前で当麻蹶速と野見宿祢の相撲が行われることになった。
時に垂仁天皇七年(紀元前23?)七月七日。
とてつもなく信じられない年月日のことはさておいて、これが日本の人間界初の相撲対決(神の初対決は鹿島神・武甕槌神vs諏訪神・建御名方神)、世界初の天覧相撲だと伝えられている。
蹶速と野見宿祢は垂仁天皇に一礼した。
長尾市もそばにいた。
特等席で縛り上げた蹶速と野見宿祢の妻子とともに、これから始まるシナリオどおりの対決を今か今かと楽しみにしていた。
おびえた妻子を見て、二人は硬直した。
二人は向かい合うと、
「やあ!」
「おう!」
掛け声を上げて猛烈に蹴(け)り合った。
蹶速は名前が「蹶速」なだけに、足技が得意で素早かったのであろう。あるいは毎秒十発の蹴りも可能だったかもしれない。
しかし、今回はその蹴りを野見宿祢に当てることはできなかった。
過ってこれをぶっ飛ばして勝ってしまったら、妻子の命はないのである。
野見宿祢の妻子は応援した。
「父ちゃん!がんばれー!」
「そこだー!いけー!」
「あなたー!分かってるよねー!勝つしかないのよーっ!」
一方の蹶速の妻子も応援したが、こっちは少し奇妙なものだった。
「父ちゃん!がんばれー!」
「そこだ!それでやられるんだー!」
「あんまり痛くしないでねー!」
それにしても、この相撲はなぜか手を使わない。
『日本書紀』に二人の対決の様子が載っているが、なぜか蹴りばかりで手を全く使っていないのである。これでは相撲というより、テコンドーかキックボクシングである。
勝敗は初めからわかっていた。
シュン!シュン!すかーん!
「あっ!」
蹶速は蹴りを空振ってつんのめった。
「スキあり!」
バシ!
野見宿祢の蹴りが蹶速の腹に直撃した。
どう!
蹶速は仰向けに倒され、胸を踏まれた。
(勝負あった。これでおれは打ち合わせどおり怪我もなく負けることができた。妻子の命も助かった……)
そう思ったのは、蹶速だけであった。
(私は勝つだけではいけないのだー! 許せーっ!)
野見宿祢は足を上げると、何度も何度も蹴速を踏みつけた。
ボキ! ボキボキ!
蹶速のあばらが折れた。
(ウゲッ! 打ち合わせと違うぞ、くぉらぁー!)
蹶速は激怒した。立ち上がって反撃しようとした。
しかし、野見宿祢がさせなかった。
「ふん! ふん!」
どかっ! どかっ!
ボキボキ! ボキボキ!
ボッキン! ボッキン!
「とう!とう!」
ぐっちゃん! ぐっちゃん! ぐっちゃんちゃん!!
これでもかと蹶速のあばらを砕き、腰骨をくじき、飛び出した内臓を踏みにじったのである。
蹶速は逃げることもできなかった。
(長尾市ぃめぇ〜、よくもだましたな〜。褒美はぁ〜〜。妻子の将来はぁぁ……)
蹶速は息絶えた。
蹶速の妻子は発狂したように泣き叫んだ。
「いやー!」
「父ちゃんー!!」
「ひどすぎー!!!」
あまりにうるさかったため、どこかに連行された。
皆殺しにされたか、売り飛ばされたかは分からない。