4.阿衡の紛議の決着

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プロ野球再編問題 パート2
1.光孝天皇の崩御
2.阿衡の紛議の勃発
3.藤原温子の求愛
4.阿衡の紛議の決着
  

 その翌日から、関白太政大臣基経は出仕しなくなったのである。
 基経の要求は明らかであった。
 あの夜以来、温子はずっと夜御殿に居座っているので、宇多天皇はずっと外で寝ていた。彼は昼は基経、夜は温子、父娘で悩まされ続けているのである。
(弱った……)

 橘広相も困り果てていた。
「分からない。私に対する、嫌がらせであろうか? そうだ! 基経公はひがんでおられるのだ。外孫をもうけている私に対して……。そうだ。だからこんな嫌がらせをするんだろう」
 ようやく自分なりの結論を導き出した広相に、本当のことは言えなかった。誰にも言えるはずがなかった。

 翌仁和四年(888)四月になっても事態は収まらなかったので、しびれを切らした遊び人・源融が動いた。
 宇多天皇基経の仲介を買って出たのである。
「まあまあ。帝も太政大臣も仲良くしようや。ケンカしているより仲良くしたほうが楽しいぞよ。太政大臣も、すねておらずに楽しくお仕事しよーではないか」
「あんたに言われたくないな」
 基経の一言に、
「ごもっとも」
 融はあっさり引っ込んだ。 
 そこで、明経
(みょうぎょう。宗教史)博士・善淵愛成(よしぶちのちかなり)と助教・中原月雄を呼んで、改めて尋ねてみた。
「広相は『阿衡の職掌は帝の補佐だ』と、言い張っているが、本当に阿衡に職掌はないのか?」
「ありません」
「何とかあることにできないのかい?」
「無理でしょう」

 六月、宇多天皇は先に出した勅書を撤回した。
「先の勅書に『阿衡』とあったのは気のせいだ。これからは『関白』として私を補佐して欲しい」
 「綸言
(りんげん)汗のごとし」の、汗を引っ込めてまで、基経に譲歩したのである。

 それでも基経は動かなかった。
「謝ればいいってものじゃない。謝っても、アレをしてくれなければ、いいってものじゃない」
 広相は聞いた。
「アレって、なんですか?」
「アレはアレだね」
 宇多天皇は舌打ちした。
(基経め!)

 十月に入ると、紛議に乗じて立ち上がる者が現れた。
 大蔵学閥の領袖・大蔵善行である。
「この機に乗じて菅原学閥のたんこぶ、広相をほふるのだ!」
 善行は、秀才・三善清行とどっちつかずの紀長谷雄を味方に引き入れると、三人で連合して佐世に味方し、広相を非難した。
「広相卿はウソつきだ!」
「偽りの勅書を作成したのだ!」
「偽証罪で島流しにしろ!」

 広相は困り果てた。
 気弱になって宇多天皇に言った。
「私は悪いことをしたんでしょうか? 島流しにされるんでしょうか?」
 広相が島流しになれば、義子もその子たちも責任は免れない。
 宇多天皇は追い詰められた。
(やむをえない。妻子のためだ……)
 宇多天皇は言い聞かせた。そして、決断した。
(妻子を守るために、朕は温子と結婚するのだっ!)
 温子が脳裏に登場した。温子は微笑んだ。彼女はとてつもなく、かわいかった。
(違うぞ。かわいいから結婚するんじゃないぞっ)

 宇多天皇は夜御殿に向かった。
 夜御殿に、温子はまだ居座っていた。
 頭まで衾をかぶって、父同様すねていた。
「温子」
 宇多天皇は呼んだ。初めて彼女の名を呼んだ。
 温子は衾から顔を出した。彼女はきょとんとしていた。
 宇多天皇はもう一度、笑顔で呼んだ。
「いいんだよ、温子。さあ、おいで!」
 宇多天皇は温子に両手を差し伸べた。
 とたん、温子に笑顔が咲いた。大喜びで寝台を飛び下りた。はだしで駆けてきた。夢中で飛び込んできた。
 宇多天皇は温子を受け止めた。両腕で抱き上げた。勢いをつけてくるくる回った。そして、プロポーズした。
「結婚しよう!」
「はい!」
 その時、蔵人頭藤原時平が告げた。
「申し上げます! 太政大臣がただ今、出仕しました!」
 宇多天皇は苦笑した。
「早っ!」

[2004年9月末日執筆]
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