3.虫来たる | ||||||||||||||
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作兵衛の長男の作市(さくいち)もまた働き者であった。
時には父よりも早く起きて、野良仕事に精を出していた。
ある日、作市が血相を変えて作兵衛をたたき起こした。
「父さん。これ」
それは虫であった。
作兵衛は驚いた。
「実盛(さねもり)ではないか!」
平安時代の武将・斎藤(さいとう)実盛の名に由来する稲の害虫である。
「外にはこれがいっぱいいるんだよー!」
「なんだとぉー!」
作兵衛は家を飛び出した。
田んぼでは、何千何万何百万ものイナゴやウンカやズイムシなどが、それこそ雲霞(うんか)のごとく舞い降りて、鈴なりになって各々ガジガジ一心不乱に大切な稲を食い散らかしていた。
「やめろー!食うなー!」
「あっち行けー!」
作兵衛や作市がたたき殺してもたたき殺しても、きりがなかった。
虫たちは食うだけ食って食うものがなくなると、とっととよその田畑へと飛び去っていった。
「あああ……」
作兵衛はがっくりとひざを落とした。
「丹精込めて育てた稲たちが……」
作市は地面をドカドカたたいた。
長女のカメも次女もシクシク泣いた。
その晩は、たたき殺したイナゴを食べまくったので、一家は久しぶりに腹一杯になった。
でも、その日だけで、次の日からはまた飢餓地獄が待っていた。
朝から晩までタニシや雑草を採って食いつなぐ日々になった。
作市は参ってしまった。
「おら、もうダメ」
彼は父に禁断の提案をした。
「なあ、父さん。妹を売れば、食べ物が手に入るよ」
作兵衛はしかりつけた。
「おまえはそこまで落ちたのかっ!」
作市は力なく謝った。
「ごめん。冗談だよ〜」
数日後、作市は腹が減りすぎて動けなくなった。
作兵衛は励ました。
「がんばれ!もうすぐで米が収穫できるじゃないか!」
作市はだまされなかった。
「獲れる米なんて一粒もないじゃないか」
カメは泣いた。
「お兄ちゃん、しっかりして!うち、売られてもいいから!」
作市は笑った。
「何だそのガイコツみたいな顔は。そんな顔で売れるわけがないじゃないか。もういいんだよ。よーくがんばった。悔いはない」
八月、作市は死んだ。
「作市ぃー!」
作兵衛は悲しんだ。
「兄ちゃーん!」
一家そろっておんおん声を上げて嘆き悲しんだ。
だが、悲劇はまだ続くのであった。