4.船 出 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2020>令和二年5月号(通算223号)商売味 紀伊国屋文左衛門のミカン伝説4.船出
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俺は船を買いました。
古い船だったので安く購入できました。
余った金でミカンをたくさん買いました。
今年のミカンは豊作でしたが、シケと疫病で江戸にも上方にも売りに行けないため、価格が暴落していました。
ごろつきは心配しました。
「ぼん。こんなにダダ同然のミカンを大量に買い込んで、どうするつもりだよ?」
「江戸に売りに行くのさ」
「何を言っているんだ? よそへ売りに行けなくてダブついているから安くなっているんじゃないか」
「よそに売りにいけないって、誰が決めたんだよ?」
「行けるわけないじゃないか! 船が出せないんだぞ! 海を見てみろ! あんた、この嵐の中へ漕ぎ出でるつもりかい?」
「ああ」
「話にならない!死ぬぞっ! おいらはナンパは賛成だが、難破はゴメンだ! 正気じゃない!」
「正気じゃないかもしれないが、商機はある」
「何だって?」
「確かに死んだら終わりだ。でも、生き残ったら大もうけだぞ。江戸にはミカンが入ってこないんだ。つまり、べらぼうな高値でも売れるってことだぜ」
チンピラが聞きました。
「たとえば、ミカン一個が金一両に化けるとか?」
「あり得なくはない」
「ひゃっはー! 元手はタダ同然なのに、超クソボロもうけだぜー!」
「おまえは一緒に江戸へ行ってくれるかい?」
「当たり前だぜー! 誰でもいつか必ず死ぬんだけど、生きてるうちに大もうけできる人は限られているからねー!」
ごろつきも覚悟しました。
「わかった。そういうことならおいらも江戸に行くよっ」
ならず者も船に乗ることにしました。
「やったー! でっかいことができるぜー!」
無頼漢も、もちろん同行することにしました。
「みんながびっくりするようなことをよーっ!」
元禄年間(1688〜1704)の冬、俺のみかん船は嵐の中、下津港から江戸へ向けて出航しました。
途中、何度か沈みそうになりましたが、その度にみんなで励まし合いました。
ざぶーん! どばーん!
「やべ!浸水してきた!」
「全力でかき出せ―!」
だっぱん! だっぱん!
ずばーん!ずぶずぶずぶぅ〜。
「ダメっす! 出す水より入ってくるほうが多いっす!」
「それでも出すんだー!てめーら、地獄に落ちたいのか―っ!」
「落ちたくないっす!」
だっぱん! だっぱん!
じゅびじゅばぁー!
「大富豪になって、吉原で豪遊したくないのかーっ!」
「したいっす!」
「そんなら死ぬ気でかき出しやがれ―!」
「おう! やってやるぜーっ!!」
「なんだこのくらいの浸水! 屁(へ)でもねえわー! クソッタレめがーっっっ!!」
だっぱん! だっぱん! だっぱんぱん!