★ キングオブおもちゃ

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平成二十七年正月
★ キングオブおもちゃ
三跡(三蹟)
小野道風(おののみちかぜ・とうふう)
藤原佐理(ふじわらのすけまさ・さり)
藤原行成(ふじわらのゆきなり・こうぜい)

 お子様が退屈がっていた。
「つまんないよ〜」
 お子様と言っても、お子様ランチ級のお子様ではなかった。
 わずか四歳で皇太子になり、九歳で天皇になった幼帝・後一条天皇
(ごいちじょうてんのう。「天皇家系図」参照)であった。
 生母の皇太后・藤原彰子
(ふじわらのしょうし。「藤原北家系図」参照)が、
「色々なおもちゃがあるでしょ」
 と、おもちゃ箱を持ってこさせても、後一条天皇は、
「全部あきた〜。つまんないよ〜。全然つまんない」
 と、駄々をこねるばかり。
 外祖父太政大臣藤原道長が、
「どーれ、じいじが『お馬さん』になってあげよう」
 と、四つんばいになったが、
「いい。じいじ、すぐくたばるから」
 と、気を使われる始末。
 道長は笑った。
「確かに五十過ぎての『お馬さん』はしんどい。もう少し楽に帝を喜ばせることはできないものか?」
 すると、彰子に仕えている超有名女房・紫式部(「北家系図」参照)が提案した。
「臣下におもちゃを献上させては?」
「なるほど。多くの者に呼びかければ、帝のお気に入りのものが見つかるかもしれないな」
 彰子も賛成した。
「臣下には機転の利く者もおりますから」
 道長が思い出した。
「たとえば行成とか」
 これには紫式部がムッとした。
 藤原行成
(「北家系図」参照)は、紫式部のライバル清少納言にちょっかいをかけていた男なのである。
「父上。式部の前でその男の名を出すのは禁止ですよ」
「おお、うっかりしていた」
「どんどん出してくださいな!別に気にしてませんからっ。おほほっ!」

 後一条天皇は臣下を集めた。
「何でもよい。朕
(ちん)におもちゃを献上せよ。一番おもしろいおもちゃを持ってきた人が優勝!」
 臣下の人々は色めきたった。
「いい話だ!」
「帝お気に入りのおもちゃを持ってこれば、出世は間違いなし!」
「よーし、やるぞ!者ども、おもちゃだ!おもしろそうなおもちゃを片っ端から集めてくるのだ!」

 数日後、臣下の人々がおもちゃを持参して集まった。
 みなみな豪華な装飾をしつらえた箱を抱えて持ってきていたが、
「貴殿は何を持ってこられた?」
 と、聞かれても、
「帝が御覧になるまでは内緒〜」
 と、誰も教えてくれない。
 権大納言・源俊賢
(みなもとのとしかた。「醍醐源氏系図」参照)が、権中納言・藤原行成に聞いた。
「マロたちは親友だ。マロたちだけでも中身を見せ合おうではないか」
 俊賢の言うとおり、二人は終生親密であった。
 行成を政界の登竜門・蔵人頭
(「詐欺味」参照)に推薦したのは俊賢であった。
「では、ちょっとだけですよ」
「よし、マロから」
 俊賢は少しだけ箱を開けて見せた。
 行成がのぞいて小声で聞いた。
絵巻物ですか?」
「ああ、子供――、いや、帝が喜びそうな物語を絵巻物にしてみた」
「なるほど」
「で、貴殿は?」
「これです」
 行成も少しだけ箱を開けて見せた。
 俊賢は意外な顔をした。
「なんだ、これだけか?」
「ええ、これだけです」
「これって、ツグリだろ?」
「ええ」
「それは子供のおもちゃじゃなくて、大人の賭
(か)け事で使うものじゃないか。銭をかけなければ何のおもしろみもないだろう。そんなもの、お子様帝が喜ばれるはずがあるまい」
「まあ、見ててくださいって」

 後一条天皇が出御した。
 臣下たちが順番に持参したおもちゃの説明を始めた。
「これが金糸銀糸を縫い込んだお手玉です」
「金銀箔で仕上げたおはじきをどうぞ」
「金泥銀泥で文字を描いた将棋です」
「金銀で飾った木馬です」
 後一条天皇は不満だった。
「なんじたち、何もわかってないね。おもしろくないおもちゃに金銀をあしらったところでおもしろくはならないのっ!」
 ブーン、ブーン、カタカタカタカタ。
 その時、後一条天皇は奇妙な音に気が付いた。
 ブンブーン、ブンブーン。ブルンブルーン。カタタタタ。
 見に行くと、行成が何かを回していた。
 見たことのない、円錐形の木っ端を回していた。
 後一条天皇がかがみこんで不思議がった。
「これはなに?」
「ツグリです。ツグリをよく回るように改良したコマツグリです」
「ふーん」
 クル、クル、クル、クル、クルーン。
「これを広いところで同時にたくさん回すとおもしろいのですが」
「そうだね。やってみせてよ」
 後一条天皇は広い南殿
(紫宸殿)をまるごと開放した。
 行成はたくさんのコマツグリをみんなに配ると、一斉に回させた。
 クルクルクルクルクルクルクルルーン。
 ブンブンブンブンブンブンブブーン。
 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロローン
「すごーい!」
 後一条天皇は目を見張った。
 色々な色に塗られたたくさんのコマツグリが南殿一面で回る様子は、未知の花々が咲き乱れるお花畑のようであった。
 後一条天皇は興奮した。
 左に右に駆け寄って、飛び跳ねてはしゃいだ。
「スゲー!コマ、スゲー!こんな光景、今まで見たことなーい!」
 彼は自分も回したくなった。
「どうやって 回すの?」
「こうやるんです」
 クルクルクルクルブーンブーン。
「こう?」
 くるん、ぽて。
「違います。こうです」
 クルクルブンブーン。
 くるりん、ばた。
「あれ?回んないなー」
「コツがあるんですよ」
 ブローン、ブローン、ブロンソーン。
 くりん、くるりん、かたたっ。
「あ、ちょっと回った!」
 ブルー、ブルー、ブルゥシャトー。
 くるん、くるるーん、ぽてち。
「そうですそうです」
 クルーン、クルーン、クルーンボートー。
 くりん、くりりん、くりおせち。
「さっきより長く回った!」
「何度もやっているうちにうまくなりますって」
 ブーン、ブブーン、ハチガトブーン。
 くりりん、くりりん、くりりんのつよさびみょ〜。
「どっちが長く回せるか競争ですよ!」
 ブロワー、ブラボー、ブラホック! 
 ふりてり、ぶりてり、おしょーがつ!
「おもしれー!コマ、最高だぜー!」
 後一条天皇はコマ回しに夢中になった。
 以後、彼がほかのおもちゃで遊ぶことはなくなってしまったという。

[2014年12月末日執筆]
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