3.悪いヤツラ

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景気回復の一提案
1.淀屋の繁栄
2.お金って何?
3.悪いヤツラ
4.浪費のススメ
5.禁じられた遊び
6.招かれざる客
7.ナニワのことは夢のまた夢

 辰五郎は十五歳で淀屋五代目(九代目説などもある)当主となり、三郎右衛門を襲名した。
 が、この物語では以後も辰五郎としておく。
「御立派になられて〜。正装すると、お父さまの若い時にソックリ!」
 母・阿豊は涙を流して喜び、番頭・半七は豪勢な袋に包まれたものを辰五郎に渡した。
「今日からこれは当主である坊ちゃまのものです」
「何これ?」
 辰五郎が開けながら聞いた。
「坊ちゃまの実印です」
「何に使うの?」
「いざという時に坊ちゃまの責任で使うものです。坊ちゃまはまだお若いですから、それをお使いの時は、私かお母さまに相談してください」
「ふーん。つまり奥の手、『必殺技』なんだね?」
「そういうことです。それを使うのはよほどの時だけです。その印は淀屋のすべてのお金を扱う最も大切なものです。どうか、肌身離さずお持ちください」
「わかった。お金は大切だからねっ」
 辰五郎はすぐに懐の奥に実印をしまった。
 半七は喜んだ。
「そうですよ!お金は大切なんです!倹約こそ金持ちの信条なんです!」
 手代の勘助は障子の向こうでほくそ笑んでいた。
(またキレイゴトを言っていやがる〜。――だが、これでやりやすくなった)

 勘助は同じ手代の宗兵衛(そうべえ)を誘った。
「坊ちゃまが実印を渡された」
「ってことは……」
「坊ちゃまのカネはおれたちのカネ。淀屋のカネは、みーんなおれたちのカネ」
「へっへっへ!」
 悪巧みであった。

 勘助と宗兵衛は、半七の留守を見計らって辰五郎に声をかけた。
「坊ちゃまは京都へ行かれたことは?」
「ないよ。小さいときに八幡の別荘には行ったことあるけど、それもよく覚えてない」
「行きましょうよ〜、京都ぉ〜。私どもが案内しますから〜。イイトコですよぉ〜、京都はぁ〜」
「話には聞いている。でも、そういう大事なことは半七かお母さまに相談しなければ――」
 勘助と宗兵衛は顔を合わせてから提案した。
「じゃあ、お母さまのほうと相談しましょう」
 こっちのほうが説得しやすいとみたからである。

 話を聞いた阿豊は、うーんと考えた。
京都ですか――」
 勘助と宗兵衛は左右から代わる代わる説得した。
「坊ちゃまももう十五歳。淀屋の当主にもなられました。店の中での勉強も大切ですが、たまには外へ出て社会勉強もしなければなりません。京都には様々な身分の人がおり、大坂とは比べものにならないほどの歴史や文化があります。社会勉強にはうってつけの場所なんです。もうそろそろ八幡の別荘の人々にも、顔見世しなければなりませんし」
「もうすぐ花見の季節です。一年に一度だけ、一番いい季節なんです。花が散ってしまったら、また一年、花が咲かないんです。この機を逃してしまっては、坊ちゃまもまた、一年間ずっとしおれたままなんですよっ」
「どうか半月ほど、八幡と京都旅行のお許しを。おれと宗兵衛が責任をもって坊ちゃまをお守りしますから〜」
「お母さまには京都のお土産もお菓子も買ってきますから〜」
 阿豊は許可した。
「わかりました。辰五郎を頼みますよ」
「ありがとうございます!」
「ただし、無駄遣いはダメですよ。『ヘンなとこ』へも連れて行ってはいけませんよ。あくまで花見と顔見世が目的なんですからね」
「わかってますって!」
 宗兵衛は苦笑したが、勘助は無表情で頼んだ。
「それからもう一つお願いがあります」
「なんですか?お金のことなら心配いりません」
「それもそうですが、京都行きの方は番頭さんには黙っていてほしいのです」
「そのほうがいいですね。半七はカチンカチンのカタブツですから、ずっと八幡の別荘に滞在していることにしておきましょう」
「お願いします」
「さすがにお母さまは話が分かる〜」
 勘助と宗兵衛は頭を下げながら、顔を見合わせてニンマリした。

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