4.浪費のススメ

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景気回復の一提案
1.淀屋の繁栄
2.お金って何?
3.悪いヤツラ
4.浪費のススメ
5.禁じられた遊び
6.招かれざる客
7.ナニワのことは夢のまた夢

 四月になり、辰五郎一行は八幡・京都旅行へ出発した。
 大坂から京都へは船で淀川を上る。辰五郎は船四隻で旅立ったのである。

 辰五郎の乗った船は本船で、船室をビードロ(ガラス)張りにし、床に虎の皮やじゅうたんを敷き詰めた豪華客船であった。
 この船に辰五郎と手代の勘助と宗兵衛、医師の玄哲
(げんてつ)ほか丁稚(でっち)三人が乗り込んだ。
 残る三隻は割烹
(かっぽう。料理)船と、荷物船と、八百屋や魚屋その他下僕たちを乗せた供人足船であった。

 一行は八幡の別荘に寄るため、山城橋本(はしもと。八幡市)で降りた。
 橋本屋という旅籠
(はたご)に入ると、勘助が辰五郎に勧めた。
「さあ、これにお着替えください」
「この着物はなんだい?あ!葵
(あおい)の御紋が入ってる!!」
「先代が将軍家からいただいた一張羅です。京都行きは番頭
(半七)さんには内緒なので、庶民たちにばれないように、ここで着替えて大名家の若君一行に化けるのです。さあ。おれは家老に化けますので」
「勘助が家老?どー見ても悪代官ってツラだけど」
「やめてくださいよ〜。気にしているんですから〜」
「アハハ!」
 辰五郎は楽しそうであった。

 大名の若君一行に化けた辰五郎一行は、男山(おとこやま。八幡市)にある石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)へ参詣した。
 参拝客が口々にうわさしていた。
「あれはどこのお殿さんやろ?」
「紀州
(きしゅう)はんの若君と違いまっか?」
「そや!葵の御紋やしー!」
 辰五郎は気分よかった。
「みんな勘違いしているぞ」
 勘助も宗兵衛もふんぞり返っていた。
「馬子にも衣装、大名ごっこなんてたいしたものではありませんよ。ばれるはずはありません」
「ばれたらまずいのか?」
「当然処罰されますよ」
「ひえ!」
「大丈夫ですって〜。ばれませんて〜。京都でもこの調子で行きましょう!」

 参詣後は神社の裏を回って別荘に向かった。
 境内には汚い子供が大勢いた。
 辰五郎は不思議に思った。
「あの子供たちはなんじゃ?」
「孤児ですよ」
 そのうち一人が駆け寄って来て手を差し出してきた。
「そこのお金持ちそうな人。なんか食べ物をちょうだい〜、ちょうだい〜」
 辰五郎が孤児の頭をなでながら宗兵衛に頼んだ。
「おい。この子に何か食べ物を買ってあげなさい」
 すると、勘助がたしなめた。
「いいんですか?その子に買ってあげれば、あちらにいる孤児全員に買ってあげなければならなくなるんですよ」
「いいじゃないか。みんなに買ってあげようよ。かわいそうじゃないか」
「あちらのみんなに買ってあげれば、うわさを聞きつけて近隣の孤児たちが集まってくるんですよ。うわさがうわさを呼んで、際限なく集まってくるんですよ。それでもいいんですか?」
「……」
「坊ちゃま。商人たるものは、情に流されてはいけません。利で動くのです!かわいそう?そんな甘ったるい感情で出すカネはビタ一文ありません!かわいそうな人なんてものは、この天下にごまんといるんですよ!」
「わかったよー。半七も言ってた。お金は大切だからね」
「そういうことではありませんっ!」
 勘助は声を荒らげた。半七の名が出たからである。
「カネというものは、使うためにあるものなんですよ!天下の景気を良くするために、使いまくるためにあるものなんですよ!けれども今ここで孤児たちにお恵みをしたところで、彼らは救われません。人からものをもらって生活し続けようという意地汚い根性を植えつけさせるだけなのです!それではいけないのです!彼らには一時しのぎの食べ物よりも、明日につながる仕事を与えなければならないのですよっ!そうしなければ、彼らは生きていけないんですよっ!お恵みなんてものは、人の命を救うもんじゃないっ!逆に殺しているのだっ!」
「じゃあ、どうすればいいんだよ〜?」
「彼らを救う方法はただ一つ!坊ちゃまのような大富豪が率先してカネを使い、浪費しまくって天下の景気を良くすることなんです!」
「浪費?そんなことで本当に孤児たちが救われるの?」
「救われるんですよ!坊ちゃまが菓子屋で菓子を大人買いすれば、菓子屋はもうかり、その分余分にカネを使うことができる!坊ちゃまが呉服屋で着物を大人買いすれば、呉服屋はもうかり、その分余分にカネを使うことができる!坊ちゃまが遊郭で女と遊んで湯水のように金銀をばらまけば、遊郭はもうかり、その分余分にカネを使うことができる!そうやって天下にカネが回り、物が飛び交えば、仕事も増え、景気が良くなり、孤児たちもあぶれなくてもすむようになるんですよ!」
 辰五郎は納得した。
「そうか。それが世の中の仕組みだったのか……」
「カネは大切です。しかし、カネというものは使わなければ何の価値もありません。置いてあるだけではじゃまになるだけで、ゴミと変わらないんですよ!坊ちゃま!カネを使いなさい!本当にカネを大切に思っているのであれば、湯水のようにカネを使いまくりなさい!坊ちゃまにはカネがある!しかも無際限にある!坊ちゃまのような大金持ちは、天下に何人もいないのです!そうです!坊ちゃまはこの地上に遣わされた『現人福神
(あらひとふくのかみ)』なのです!」
 辰五郎は身震いした。
「わいが神……」
「そうですよ!坊ちゃまにはカネを使いまくって、天下万民を救う使命があるのです!不景気な今の天下を救えるのは、坊ちゃましかいないのです!坊ちゃまは天から選ばれた、唯一無比の福の神さまなのだっ!」
「わいが福の神さま……」
 辰五郎の体内からフツフツと得体の知れない熱いものがわき起こり、沸騰し、ついに噴火して叫んだ。
「わいは神やー!福の神なんやー!わいか浪費をすることで、天下万民が救われるんやー!わいが天下を救ったるんやー!」
 勘助と宗兵衛は顔を合わせて喜んだ。
「そうですよ!その意気です!」
「微力ながら、この宗兵衛も浪費のお手伝いをいたします!」
「当然この勘助も、これでもかとこれでもかと使いまくってみせます!」
「で、どこへ行くの?」
「最も効率よく浪費できる場所といえば――」
京都島原
(しまばら。京都市下京区)!」
「それって、お母さまの禁じていた『ヘンなとこ』では?」
「うるせえー!おれたちは天下万民のためを思って浪費するってんだー!禁止?ふはっ!そのような小さなことがいったいどうしたっていうんだーっ!賽
(さい)は投げられたのだ!山は動いたのだ!おれたちは誰にも止められねえ!もう誰もじゃまをすることはできないんだーっ!」
「行くぞー!島原にー!」
「世のため!人のため!天下万民を救うため!」
「えいえい、おー!」

 辰五郎たちは八幡の別荘で島原で豪遊する計画を練った。
 が、悪いことはすぐにばれるものである。
 半七に「大名ごっこ」を報告するものがあり、辰五郎は連れ戻され、勘助と宗兵衛は謹慎させられてしまったのである。

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