5.禁じられた遊び

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景気回復の一提案
1.淀屋の繁栄
2.お金って何?
3.悪いヤツラ
4.浪費のススメ
5.禁じられた遊び
6.招かれざる客
7.ナニワのことは夢のまた夢

 一月後、勘助と宗兵衛は許されて淀屋に帰ってきた。
「もう『大名ごっこ』はしません。坊ちゃまを『ヘンなとこ』へも連れて行きません」
「反省してまーす」
 ウソであった。
 二人は表向きはペコペコと阿豊や半七に謝っていたが、心の中では以前にも増してイケナイコトを考えていた。
(ふん。別にいいじゃねーか。淀屋にはカネがあるんだ!腐るほどあるんだ!坊ちゃまだって行く気マンマンなんだ!そして何よりも、これは天下万民のためなのだ!おれたちはいいことをしようってんだよおー!)
(そうですよ。京都へ行けなければ近場でイイトコを見つけましょっ)

 勘助と宗兵衛は近場の揚屋(あげや。高級遊女を呼んで遊ぶ店)を探した。
 で、淀屋に出入りしていた笹屋伝兵衛
(ささやでんべえ)と目薬屋正右衛門(めぐすりやしょうえもん)から情報を得た。
「いいところがありまっせ」
「新町廓
(くるわ)の九軒町にある吉田屋喜左衛門(よしだやきざえもん)の揚屋が評判いいそうな」
「そうか!それはいい!」
 辰五郎と勘助、宗兵衛、そして医師の玄哲は、伝兵衛と正右衛門に連れられて吉田屋へ行った。
「お帰りなさいませ〜、御主人様〜」
 出迎えの舞妓
(まいこ)たちを見て、勘助も宗兵衛も喜んだ。
「うひょー!うわさどおりの美女ぞろいー!」
「おじゃましまーす!」
 一行は、芸妓や太鼓持ちも大勢集めて楽しく豪遊した。
 最初はおどおどしていた辰五郎であったが、大勢の舞妓から酒を勧められ、酔いが回ってくると上機嫌になった。
「ワハハッ。世の中にこのような天国があったとは」
 中でも辰五郎は、扇屋
(おうぎや)お抱えの吾妻(あづま)という太夫(たゆう)に一目ぼれした。
「かわゆいのう〜。たまらんのう〜」
「いやだ〜、みんなに言ってるんでしょ〜」
 以後、彼女目当てで、何度も吉田屋へ通うようになった。

 辰五郎一味の吉田屋通いは何年も続いた。
 当然、行くたびに嵐のように大判・小判をばらまくのであった。
 無際限にお金を持ち出していく辰五郎に、半七はたびたび注意した。
「坊ちゃま。最近、お金を使いすぎですよっ。いくら付き合いとはいえ、お金はもっと大切に使わないと」
「大切だから使っているんだよ。ほら、今晩も付き合いがあるんだ。これだけじゃ足りないな。もう少しカネを出してくれ」
「何に使うんですか?」
「子分に配るカネがいるんだよ〜。子分がたくさんいると大変なんだよ〜」
「子分っていうのは、勘助と宗兵衛と玄哲と伝兵衛と正右衛門ですか?」
「……」
「で、吉田屋で女たちと遊ぶお金がいる。吾妻という女に貢ぐお金もいる」
「……。知ってたのか」
「調べましたから。そんなお金は淀屋のためになりません。そういう無駄遣いにはもうお金を出すことはできません」
「そんなあ〜」
 辰五郎は困った顔をしたが、すぐにブフッと開き直ったように笑いよった。
「ふん、そうかい」
 辰五郎は懐から実印を取り出して見せた。
「いいもんねー。これさえあれば、いっくらでもカネを作れるもんねー。これを押して、ちょちょっと一筆書くだけであーら不思議!いっくらでもカネが作れちゃうんだよねー」
 つまり、小切手である。
 半七は青ざめた。
「ああっ!どこでそんなことを覚えたんですかっ!?」
「勘助に教えてもらったんだよー。あばよっ!行くぞ!勘助!宗兵衛!その他取り巻きたちよ!豪遊する準備はいいか!?」
「へい!」
「今晩も楽しく遊びますぜっ!」
「今晩はいつも以上に豪遊だーっ!」
「カネはいくらでもある!店に腐るほどある!今夜はわいのおごりだ!そこら中の近所の人たちにも声かけまくって全員もれなく招待してやれーっ!」
「坊ちゃま!それはいけませんーっ!」
 その晩、辰五郎たちは大勢で吉田屋に押しかけ、いつもに増して大豪遊してやった。

 しかし、それまでであった。
 翌朝起きると、辰五郎は懐に実印がないことに気がついたのである。
「あれ?実印は?わいの大切な印鑑は?」
「取り上げました」
 後ろに立っていた半七が言った。
 隣で阿豊が実印を持っていた。
「以後、これは私が預かります」
 そうである。
 阿豊と半七が相談してやったことであった。
 辰五郎は怒った。
「返せよ!わいは淀屋の当主だぞっ!淀屋のカネをどう使おうと、当主の勝手じゃないか!」
 辰五郎は実印に飛びついたが、阿豊はサッと後ろ手にした。
「そうはいきません」
 辰五郎は勢い余って壁に激突した。
「イッタァ〜、何すんの〜?」
 半七がため息をついて悲しそうに言った。
「坊ちゃまはあまりに無茶苦茶すぎます。お母さまも私も淀屋をつぶしたくありませんから、苦肉の策というわけです。それから、今月から坊ちゃまのお小遣いの額を決めさせていただきました。月百両
(約千二百万円)です」
 辰五郎はガビョーンとなった。
「百両!たったの百両ぽっち!少ねー!少なすぎるー!そんなはした金じゃ、全然遊べないよー!いやだー!」
 辰五郎は暴れて猛抗議したが、当然のことながら二人は聞き入れてくれなかった。

 困ったのは辰五郎だけではなかった。
 勘助や宗兵衛らもである。
「ああ、吉田屋に行きてえー!」
「ダメだ。これでは愛人たちに配るカネもない」
「淀屋にはいっぱいあるのに〜」
「どんなにカネがあろうと、それが自由にならなければないのと同じだ。クソッ!こうなったら、お上に訴えるしかない」
「お上?(大坂)町奉行か?」
「いや、あのお方が今、江戸から大坂に来ておられる」
「あのお方?」
「そうだ。元禄好景気を現出させた偉大なる成金政治家が――」

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