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元厚生事務次官宅連続殺傷事件
1.禁断の果実
2.深窓の情事
3.大王の抵抗
4.背徳の代償

 平成二十年(2008)十一月、山口剛彦(やまぐちたけひこ)元厚生事務次官宅と吉原健二(よしはらけんじ)元厚生事務次官宅が相次いで襲われ、山口夫妻が殺され、吉原夫人が刺される凶悪事件が起こった。
「犯人はテロリストか?」
「厚生省関係者か?」
 いずれかの線と思われたが、出頭してきたのは意外にも小泉毅
(こいずみたけし)なるクレーマー男であった。
「昔、保健所で殺された家族
(犬=チロ)の仇(かたき)を討った」
 彼はそう動機を語ったが、以前「暗殺味」でも述べたように、たとえどんな理由があったとしても暴力に訴えることは決して許されることではない。
 暴力を肯定することは、テロリストのテロを肯定することであり、戦前の日本の侵略を肯定することであり、これらを暴力で押さえつけようとする
(した)アメリカ以下の征討政策を正当化することになるからである。「仇討味」でも述べたが、悪を悪で討とうとしても、際限ない報復の連鎖を呼ぶだけであろう!
 と、いうわけで今回は「襲撃味」にした次第である。

 初め私は気楽に考えていた。
「襲撃事例日本史上多いから、今回はすぐに『物件』が決まるだろう」
 が、多すぎるのもなかなか決められないものである。最近、飛鳥時代をやっていないのでその辺に絞ってみたものの、同時代だけでも襲撃事件のオンパレードである。
 結局、ふと思いついた奇説をもとに、崇峻天皇暗殺事件を採り上げることにした。

 え?
 どんな奇説かって?
 この説が正しければ、以下のすべてのナゾが解き明かされることになる。

  1.なぜ敏達天皇(びだつてんのう)蘇我馬子はしっくりしなかったのか?
  2.なぜ蘇我馬子は穴穂部皇子
(あなほべのおうじ・みこ)を殺したのか?
  3.なぜ蘇我馬子崇峻天皇を殺したのか?
  4.なぜ蘇我馬子額田部皇女を前例のない女帝にしたのか?
  5.なぜ中国の史書には推古朝の日本の国王を男王としているのか?
  6.なぜ蘇我馬子聖徳太子の摂政就任を認めたのか?
  7.なぜ聖徳太子冠位十二階蘇我馬子を組み込まなかったのか?
  8.なぜ聖徳太子はありえないほど聖人化されたのか?
  9.なぜ聖徳太子は架空人物とまで言われ始めたのか?
  10.なぜ聖徳太子は馬小屋で生まれなければならなかったのか?
  11.なぜ聖徳太子蘇我馬子に殺されなかったのか?
  12.なぜ蘇我入鹿山背大兄王を殺したのか?

 ただし、信じる方は少ないでしょうけどぉ〜。

[2008年11月末日執筆]
参考文献はコチラ

「崇峻天皇暗殺」登場人物

【崇峻天皇】すしゅんてんのう。伝32代大王。崇峻天皇

【大伴小手子】おおとものこてこ。崇峻天皇の妃。
【蘇我河上娘】そがのかわかみのいらつめ。崇峻天皇の嬪。

【蜂子皇子】はちこのおうじ。崇峻天皇の皇子。
【錦代皇女】にしきてのおうじょ。崇峻天皇の皇女。

【額田部皇女(推古天皇)】ぬかたべのおうじょ。崇峻天皇の姉。推古天皇

【穴穂部皇子】あなほべのおうじ。崇峻天皇の兄。

【三輪 逆】
みわのさかう。敏達天皇の寵臣。

【厩戸皇子(聖徳太子)】うまやどのおうじ(しょうとくたいし)。用明天皇の子。聖徳太子

【倉椅柴垣宮の人々】
【かわいそうなイノシシ】

【東漢 駒】やまとのあやのこま。馬子の配下。

【蘇我蝦夷】そがのえみし。馬子の子。崇峻天皇の従兄弟。蘇我蝦夷

【蘇我馬子】そがのうまこ。大臣。崇峻天皇のおじ。蘇我馬子


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