2.伝えたい | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2022>令和四年11月号(通算253号)宗教味 仏教公伝2.伝えたい
|
「朕は戦争をやめさせる方法を知っている」
聖明王は部下の怒リ斯到契(ぬりしちけい。リは口編に利)を呼んだ。
「はい?」
「朕は人の欲望を制御するありがたい教えを知っている」
「ですか」
「それは仏法だ。倭の人々が悪心を抱かぬように仏法を広めよ」
「具体的には?」
「仏像と経典を贈る。そなたが倭に赴き、仏法の素晴らしさを説くべし」
「御意」
怒リ斯到契は釈迦仏一体と幡(はた)や蓋(きぬがさ)数点と経典数点を携えて倭に渡ると、倭の大王・欽明天皇に拝謁した。
「仏法は諸法の中で最も優れています」
「どう優れているのか?」
「随意宝珠(ずいいほうじゅ)を御存知ですか?」
「聞いたことがある。持っていれば何事も思い通りにできるという魔法の宝珠であろう?」
「そのとおりでございます。仏法を何かに例えるのであれば、随意宝珠なのです」
「つまり、仏法を体得すれば、何事も意のままに操れるようになるのじゃな?」
「御意」
「ほっほっほー!」
欽明天皇は躍り上がって喜んだ。
「何事も朕の思うがままだって! フッヒッヒ! なってみてー! そんな無敵な超人に、一度でいいからなってみてーっ!!」
「なれるのです! 今や仏法は発祥地の天竺(インド)だけではなく、魏(ぎ。中国)や梁(りょう。中国)、高句麗、新羅、加耶、そして我が百済に至るまで、多くの人々の信仰を集めています」
「なのか!」
「そりゃそうでしょう! 大王さまのように、誰もがみんな超人になりたいのです! 知らんけど」
欽明天皇は冷静に戻って礼を言った。
「遠路はるばるいいことを教えに来てくれた。――が、こればかりは朕の一存では決められない。仏法を導入するかどうか群臣の意見を聞いてみたい」
欽明天皇は群臣を集めて衆議にはかった。
仏像を見せて一人一人の意見を聞いてみた。
「西の国から伝えられた仏像は大変美しい。これを祭るのは利か害か、みなに問いたい」
大臣・蘇我稲目が答えた。
「西の国々はことごとく仏像を礼拝し、経典を読んでいると聞きます。我が国もこれらに習い、仏法を導入しないわけには参りますまい」
大連・物部尾輿(「日朝味」参照)と、連・中臣鎌子が反発した。
「仏法など必要ありません。我が国には古来から八百万の神々がおわします。大王はこれら天神地祇を春夏秋冬お祭りするのが習わしになっております」
「その通りですよ! 蛮神など礼拝すれば、あまたの国津神の怒りを買いましょう!」
欽明天皇は決断した。
「よし、ならば実験だ。仏像経典は蘇我大臣に預ける。試しに大臣に仏像を礼拝させてみる。で、大臣にいいことがあれば、朕も礼拝する。悪いことがあれば、朕は礼拝しない。みなの者、それでいいであろう?」
群臣は納得した。
「それがいいと存じます」
「いいことがあるに決まっているじゃないですか〜」
「バカめ。バチが当たって泣きべそをかいても知らないからな」
稲目は仏像を小墾田(おはりだ。奈良県明日香村)の家に安置した。
向原(むくはら。明日香村)の家は寺に改築した。
しばらくして、疫病が流行った。
またたく間に全国に流行し、若死にするものが増えた。
百済からの使者の中に疫病の感染者がいたとみられるが、尾輿と鎌子は仏法のせいにして欽明天皇に抗議した。
「ほら御覧なさい! 仏法なんか信じるヤツがいるから疫病が流行り始めました!」
「今すぐ蛮神を排除して八百万の神々の怒りを解くべきです!」
欽明天皇は折れた。
「やむを得まい」
「やったぜ! 大王のお許しが出た! 蛮神を排除せよ!」
命じられた役人が小墾田の家に押しかけ、仏像を取り上げて難波の堀江(大阪府大阪市)に投げ捨てた。
向原寺は放火されて全焼した。
なぜかついでに欽明天皇の宮殿まで燃やされてしまったという。
※ 善光寺の本尊はこの時捨てられた仏像を本田善光が信濃に持ち込み、皇極天皇の発願で創建したとされます(なぜか阿弥陀仏ですが)。