3.あたいに背くあなた | ||||||||||||||
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あたいは猿田彦神に嫁いだ。
きっかけは政略だったが、あたいは彼を愛していた。
第一印象は「化け物」だった。
背が高く鼻が長く赤い目を爛々(らんらん)と輝かせていた彼は、何をするにも荒々しかった。
あたしは怖くて気味悪かったが、最初だけで、慣れてくると病みつきになった。
現在の阿射加周辺(三重県松阪市) |
それなのに、あたいの幸せはすぐに終わってしまった。
彼が浮気したのだ。
相手は比良夫(ひらぶ)という若い娘だった。
あたいは薄々感づいていた。
毎晩家に帰ってこなかったら、誰だって気づくだろう。
でも、彼を失いたくなかったあたいは、ずっと仕事で忙しいのだと自分に言い聞かせていた。
しかし、そうすることもできない事態が起こってしまった。
ついにあたいは現場を目の当たりにしてしまったのだ。
彼が彼女の貝にはさまっておぼれているところを……。
あたいは叫んだ。
「なっ、何してるの!?」
あたい以上に彼と彼女は驚いたようだった。
「なにって、その、あの……、そうだ!これは事故なんだ!」
「その通りです!奥様、事故なんです!」
「すまない!悪いのはこの女じゃない、俺だ!」
「違います!私から誘ったんです!ごめんなさい〜」
言い訳してかばいあう二人に、あたいはますます腹を立てた。
「あなた!言い訳はいいから、早くその女から離れなさいよ!」
「はーい、今すぐ離れまーす」
それでも二人はずっと抱き合ったままだった。
「あれ?あれ?うーん、うーん、何てこってた!抜けね〜」
「早く外して〜、奥様こわい〜」
あたいは怒った。正気でなくなっていた。
ちょうど手の届くところに手頃な剣があった。
あたいはそれを取ると、彼に切っ先を向けて迫った。
「いつまで抱き合ってるのよ!あたいに見せつけたいわけ?早くその女から離れろっ!!」
「そうじゃないんだ、それが、そのその……、離れられなくなっちゃったんだよ〜!」
あたいは完全にブチ切れた。
「てめーら!そんなにくっついていたいなら、永久にくっついていやがれーっ!」
ブスー!
「ギャー!」
あたいは刺した。
ズブズブズブ〜!
「やめてー!」
深く深ーく、二人まとめて串刺しにしてやった。
二人は血の海の中でバタバタして、動かなくなった。
「すみましたか?」
わざとらしく武甕槌命が入ってきた。
で、凄惨な現場を見て喜んだ。
「あらあら、派手にやっちゃいましたね〜」
武甕槌命は、呆然と立ち尽くしていたあたいが持っていた剣を取り上げて言った。
「これは私の愛剣フツノミタマですから返してもらいますよ〜」
そうなのだ。
剣は彼が初めからこうなることを予想して置いておいたものだったのだ。
「こうならない場合は私が殺していましたが、あなたのおかげで手間は省けました。すでにイセ一帯は天神族が制圧しています」
武甕槌命は猿田彦神の一族を大軍で取り囲んで言い放った。
「猿田彦は死んだ!天神族はイセを制圧した!今日からお前たちの主は天孫(瓊瓊杵尊)さまだ!分かったか!分かったら、みんなで声をそろえて『私たちは天孫さまにお仕え申し上げます』と申せ!」
一同はそう言うしかなかった。
「私たちは天孫さまにお仕え申し上げます」
が、中には不満を持つ人もいた。
海鼠(なまこ)という名の者は、
(無茶苦茶じゃないか!)
と、憤って黙っていた。
武甕槌命は海鼠に気づいた。
「どうした?お前も天孫さまにお仕え申し上げますと申せ」
「……」
「申せ!」
「……」
それでも黙りこくっていた海鼠に、フツノミタマが火を噴いた。
「この口はものを申せない口か!」
バチッ!
「ウェェェ〜」
鮮血が飛び、海鼠は口を切られて仰向けに倒れた。
武甕槌命はおびえる人々に言い放った。
「他の者も覚えておくがいい!天神族に逆らう者は、こうだ!」
[2014年9月末日執筆]
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参考文献はコチラ
※ この物語は『日本書紀』『古事記』にある天孫降臨説話の「非現実的な部分」を「現実的なもの」に置き換えて改作したものです。
※ 『記紀』には天鈿女命と猿田彦神が結婚したことや、殺害したことは直接的には記されていません。
※ 『古事記』では、海鼠の口を切ったのは天鈿女命です。
※ 『記紀』にある天孫降臨と神武東征(「クマ味」参照)の逸話は混乱が生じているものと思われます。
※ 筆者は猿田彦神と天香香背男(あまのかがせお。天津甕星)を同一人物とみています。
※ 伊勢都彦(いせつひこ)も同一人物かも知れませんが、建御名方神と同一人物だという説などがあります。