3.波のまにまに | ||||||||||||||
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下道真備は帰国後、正六位下・大学助(だいがくのすけ)になり、三年後には従五位上・中宮亮(ちゅうぐうのすけ)となった(「古代官制」参照)。
下位の貴族であるが、同時に唐から帰国した僧正・玄ム(「温泉味」など参照)とともに橘諸兄(「テロ味」など参照)政権の政治顧問となり、朝政を左右できるほどの力を持ち始めたのである。
(やはり、唐で学んだことは無駄ではなかった)
そんなある日、真備は妻と娘を連れて難波へ旅行した。
唐から帰ってきたときに入港したあの地である。
「うみー!」
都育ちの娘・下道由利は、初めての海に歓喜し、浜辺を駆け回った。
妻はというと、海は初めてではなかった。
若い頃、真備とともに何度か来たことがあった。
「なつかしいわねー」
「うん。懐かしい。西から風が吹いている」
「唐のこと?唐からの風?何か粉っぽいわね」
「黄砂だ」
真備は目をつぶった。
もや〜んと唐のオンナと坊やの顔が思い浮かんできた。
『キット、帰ッテキテネ』
真備は頭を振った。
(許せ。わしは今、遠いところにいる……)
目を開けて隣を見た。
そこには海を眺める妻の横顔があった。
浜辺を見やると、波とたわむれる娘の姿があった。
真備は自分に言い聞かせた。
(これが私の日常なんだ。現実なんだ!唐のことは幻に過ぎない。幻の話を妻や娘に話す必要もない)
真備はヒッヒと笑った。
(そうだ!わしは浮気なんかしていない!愛人?隠し子?そんなもん初めから存在しなかった!わしはここにいる妻子と、幸せに暮らせばいいのだ!)
真備は勝ち誇った。
(そうだよ!わしはやましいことなんて何一つしていない!第一、証拠がない!遠い異国の、誰も知らない女と結ばれて子を成したことなんて、いったいどこの誰が知っているっていうんだ?天知る地知る我知る人知る?ヒャハハハ!笑わせるぜ!わしは潔白だ!妻一筋でよその女には全く興味のない、浮気なんか絶対にしない、奇跡の純潔堅物模範オヤジなんだ!わしの言うことがウソだというのであれば、誰か証拠を持ってきやがれ!ヒャハハハハ!誰もできねーだろ!できるわけねーじゃねーかー!ヒャハハハハハ!)
朝野魚養 PROFILE | |
【生没年】 | ?-? |
【別 名】 | 忍海原魚養・忍海魚養 |
【出 身】 | 唐(中国) |
【本 拠】 | 唐→平城京(奈良県奈良市) |
【職 業】 | 書家・医家・官人 |
【役 職】 | 典薬頭・播磨大掾 |
【位 階】 | 正六位上→外従五位下 |
【 父 】 | 吉備真備 |
【 母 】 | 唐女某 |
【作 品】 | 南都七大寺扁額 ・薬師寺『大般若経』など |
【墓 地】 | 十輪院魚養塚(奈良市) |
でも、できるヤツがいた。
「お父さん」
由利が浜辺から何かを抱きかかえて戻ってきた。
「どこかの子供が漂着してきたよ〜」
「ほう。海から子供が?おかしなことがあるものだ」
真備は、由利が連れてきた子供の顔を見た。
なんか見た顔であった。見た顔どころではなかった!
「おおお……」
固まっちまった真備の前で、由利が妻に説明した。
「大きなお魚が沖の方から泳いできて、この子を運んできたのよ」
「いったいどこの子かしら?大丈夫?寒くない?」
子供はしゃべった。
「にーはお」
「はえ?」
妻が、子供の首に付いていたお札に気付いた。
「あれ、何か書いてあるわね」
由利がのぞき込んだ。
「何て書いてあるの〜?」
妻が読み上げた。
「遣唐留学生下道真備の子……」
妻と由利は顔を上げて見合わせた。
そして、同時に真備の顔を見た。
二人の視線は、ジト〜ッと湿っていた。
真備はたじろいだ。
「ア、トーチャン!アイタカッタ!」
子供は真備に気付いて抱きついた。
真備は笑っちまった。
「ヒャハハハハハ!」
彼ははるか唐に向かって絶叫した。
「こんなありえないバレ方、信じられるもんかあーーー!!!」
* * *
南都七大寺 |
法隆寺(ほうりゅうじ) 薬師寺(やくしじ) 大安寺(だいあんじ) 東大寺(とうだいじ) 元興寺(がんごうじ) 興福寺(こうふくじ) 西大寺(さいだいじ) |
拾われた真備の子は、魚に命を助けられたということで魚養(なかい・うおかい)と名付けられた。
魚養は後に忍海原(おしぬみはら)某の養子になり、朝野(あさの)姓を賜った。
典薬頭(てんやくのかみ)に任じられるなど医家として名をはせ、十輪院(じゅうりんいん。奈良県奈良市)の開基になった。
能書家としても知られ、南都七大寺の扁額(へんがく)を全て書いたという。
うち、薬師寺の扁額は、今なお現存しているという。
[2012年8月末日執筆]
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