4.兄弟仁義 | ||||||||||||||
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豊玉姫と結婚して三年が過ぎた頃、山幸彦は思い出しました。
「そういえば、僕は兄の釣針を探しにきたんだった」
山幸彦に聞かされた豊玉姫は、侍女たちに釣針を捜させました。
じきにタイ(またはイナ)の口の中からそれは発見されました。
山幸彦は喜びました。
「ありがとう。じゃあこれ、兄に返してくるね」
豊玉姫は入れ知恵をしました。
「その釣針をお兄さんに返すとき、『おぼれる針、あたふたする針、ビンボーな針、アホになる針』と言ってから後ろ向きに返してあげなさい」
出立の日、豊玉彦も見送りに来ました。
別れ際に「潮満珠(しおみつたま・しおみちのたま。塩盈瓊)」と「潮干珠(しおふるたま・しおひのたま。塩乾球)」という魔法の珠を山幸彦に渡して言いました。
「これで海幸彦をこらしめてあげなさい」
「ありがとうございます。お世話になりました」
山幸彦はワニ(サメのこと)に乗って陸へ帰っていきました。
「兄さん。釣針が見つかりました」
「おお。遅かったな」
山幸彦は豊玉姫の入れ知恵どおり、後ろ向きに返しました。
「この通り、『おぼれる針、あたふたする針、ビンボーな針、アホになる針』を返します」
海幸彦は怒りました。
「ふざけているのか!しかも呪うようなことまで言って!」
山幸彦は不敵に笑いました。
「へっへっへ。僕をいじめていいのかな〜?」
「何だその笑いは!」
山幸彦は、すかさず「潮満珠」を水に漬けました。
ぴちゃぴちゃ。
「何のつもりだ?」
「今に分かるよ〜」
じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん。
妙な効果音が流れてきて、海幸彦は不安になりました。
「なんだなんだ?どうしようってんだよー!?」
だっぱあーん!
いきなり大波が押し寄せてきました。
「うわー!」
ざっぷうーん!
なぜか海幸彦がいるほうにだけ襲来し、たちまち水かさが増してきました。
「なんだ?どーなってるんだー!?」
海幸彦はわけもわからずおぼれました。
「アプ!アプ!助けてくれい!」
山幸彦は今度は「潮干珠」を水に漬けました。
ぴちやぴちゃ。
ずりずりずりずりずりりーん。
すると、みるみる水が引いていきました。
「助かった〜」
海幸彦は足がついてホッとしました。
山幸彦は陰気に言いました。
「分かっただろ。僕をいじめるとこうなるんだよ。今日から兄さんは僕の子分になった。これからは僕の手足となって働いてもらうよ」
「聞く耳持たないな。兄のオレが受け入れられるはずがないだろ!」
「そんならこうだ」
山幸彦は、また「潮満珠」を水に漬けました。
ぴちゃぴちゃ。
じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん。
「なんだなんだ?」
だっぱああーん!
「またかよー!」
ざっぷうーん!
みるみる水かさが増し、海幸彦は再びおぼれてあたふたしました。
「アプ!アプ!分かった分かった!やめてくれー!」
山幸彦はやめてあげましたが、この日以来、海幸彦が仕事をするたびに大波小波をお見舞いしてジャマするようになりました。
ぴちゃぴちゃ。
じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん。
「なんだなんだ?」
だっぱああーん!
「やっぱりー!」
ざっぷうーん!
「アプ!アプ!もういやー!」
山幸彦は降伏しました。弟に服従を誓いました。めいっぱいこびを振りました。
「オレはもう、おまえをいじめない。これからはおまえのために何でもしよう。おまえのためならアホにでもなろう。御主人さまあ〜、なにとぞお慈悲をぉ〜」
山幸彦は隼人の祖先ともいわれています。