5.こんにちは赤ちゃん

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★ 東日本大震災
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5.こんにちは赤ちゃん

 山幸彦が帰るとき、豊玉姫とこんな約束をしていました。
「私は妊娠しています。もうすぐ産まれそうです。波風強い日に浜辺へ産みに行きますので、産屋を造って待っていてください」

 そのため、山幸彦は浜辺に産屋を造り始めました。
 ところが、まだ出来上がっていないのに、豊玉姫が海から上がってきてしまいました。
「お久しぶり〜」
「早いな」
「産屋、できた〜?」
「おう。この屋根を鵜
(う)の羽根で葺(ふ)いたら出来上がりだ」
「我慢できないー。もう産む〜」
 豊玉姫は産屋の中に駆け込みました。
「うーん」
 いったんうなり出したものの、ちょっと顔を出して念を押しました。
「産んでる最中は決して中をのぞかないでね」
「わかった」
 山幸彦は答えたものの、そう言われると余計にのぞきたくなるものです。
(ちょっとだけならいいだろう)
 山幸彦は櫛
(くし)の歯に火をともして、中をのぞいてみました。

「むーん、ひーん」
 ばた!びた!
 薄暗い産屋の中で、豊玉姫がのた打ち回っていました。
 いや、のた打ち回っていたのは人ではなく、ワニでした。
 山幸彦は絶叫しました。
「ぎゃおうー!」
 たまらず逃亡してしまいました。
 でも、やっぱり気になったので、戻ってきました。

 山幸彦が帰ってくると、出産は終わっていました。
 豊玉姫は人の姿に戻って赤ちゃんを抱いて、うらめしそうに聞きました。
「見たわね〜?」
「見てない!見てない!」
「見たでしょ!」
「うん、ちょっと……」
「離婚です」
「そんな〜、誰にだって秘密はあるよ〜」
「さよなら」
 豊玉姫はさっさと海へ帰っていきました。
 赤ちゃんは置き去りにして。
「ちょっと!この子はー?」
「あなたにあげる〜」
「そんなの無責任だー!」

 この子の名前は鵜葺草葺不合尊
(うがやのふきあえずのみこと)といいます。

 そのうち、豊玉姫は妹の玉依姫(たまよりひめ)を乳母(うば)として送り込んできました。
「かわいいねー、かわいいねー」
 玉依姫は鵜葺草葺不合尊をかわいがってくれました。
「かわいいねー、かわいいねー。大きくなってもかわいいねー」
 彼女の愛情は、彼が成長しても変わりませんでした。
「かわいいねー、かわいいねー、大きくなるところがかわいいねー」
 でも、彼が大人になってもかわいがり続けていたため、二人の間には四人の子が生まれてしまいました。
 それが五瀬命
(いつせのみこと)と稲飯命(いないのみこと)と三毛入野命(みけいりのみこと)と神日本磐余尊(かむやまといわれびこのみこと。神武天皇。「神々系図」参照)です。

[2011年3月末日執筆]
参考文献はコチラ 

※ 海幸彦は『日本書紀』では火闌降命(瓊瓊杵尊の次男)ですが、『古事記』では火照命(ほでりのみこと。瓊瓊杵尊の長男)になっています。
※ 『日本書紀』では瓊瓊杵尊の長男は火明命
(ほあかりのみこと)なので、火明命と火闌降命は同一人物である可能性があります。

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