5.こんにちは赤ちゃん | ||||||||||||||
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山幸彦が帰るとき、豊玉姫とこんな約束をしていました。
「私は妊娠しています。もうすぐ産まれそうです。波風強い日に浜辺へ産みに行きますので、産屋を造って待っていてください」
そのため、山幸彦は浜辺に産屋を造り始めました。
ところが、まだ出来上がっていないのに、豊玉姫が海から上がってきてしまいました。
「お久しぶり〜」
「早いな」
「産屋、できた〜?」
「おう。この屋根を鵜(う)の羽根で葺(ふ)いたら出来上がりだ」
「我慢できないー。もう産む〜」
豊玉姫は産屋の中に駆け込みました。
「うーん」
いったんうなり出したものの、ちょっと顔を出して念を押しました。
「産んでる最中は決して中をのぞかないでね」
「わかった」
山幸彦は答えたものの、そう言われると余計にのぞきたくなるものです。
(ちょっとだけならいいだろう)
山幸彦は櫛(くし)の歯に火をともして、中をのぞいてみました。
「むーん、ひーん」
ばた!びた!
薄暗い産屋の中で、豊玉姫がのた打ち回っていました。
いや、のた打ち回っていたのは人ではなく、ワニでした。
山幸彦は絶叫しました。
「ぎゃおうー!」
たまらず逃亡してしまいました。
でも、やっぱり気になったので、戻ってきました。
山幸彦が帰ってくると、出産は終わっていました。
豊玉姫は人の姿に戻って赤ちゃんを抱いて、うらめしそうに聞きました。
「見たわね〜?」
「見てない!見てない!」
「見たでしょ!」
「うん、ちょっと……」
「離婚です」
「そんな〜、誰にだって秘密はあるよ〜」
「さよなら」
豊玉姫はさっさと海へ帰っていきました。
赤ちゃんは置き去りにして。
「ちょっと!この子はー?」
「あなたにあげる〜」
「そんなの無責任だー!」
この子の名前は鵜葺草葺不合尊(うがやのふきあえずのみこと)といいます。
そのうち、豊玉姫は妹の玉依姫(たまよりひめ)を乳母(うば)として送り込んできました。
「かわいいねー、かわいいねー」
玉依姫は鵜葺草葺不合尊をかわいがってくれました。
「かわいいねー、かわいいねー。大きくなってもかわいいねー」
彼女の愛情は、彼が成長しても変わりませんでした。
「かわいいねー、かわいいねー、大きくなるところがかわいいねー」
でも、彼が大人になってもかわいがり続けていたため、二人の間には四人の子が生まれてしまいました。
それが五瀬命(いつせのみこと)と稲飯命(いないのみこと)と三毛入野命(みけいりのみこと)と神日本磐余尊(かむやまといわれびこのみこと。神武天皇。「神々系図」参照)です。
[2011年3月末日執筆]
参考文献はコチラ
※ 海幸彦は『日本書紀』では火闌降命(瓊瓊杵尊の次男)ですが、『古事記』では火照命(ほでりのみこと。瓊瓊杵尊の長男)になっています。
※ 『日本書紀』では瓊瓊杵尊の長男は火明命(ほあかりのみこと)なので、火明命と火闌降命は同一人物である可能性があります。