1.滅びよ!強欲野郎!!

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政治家vs官僚
1.滅びよ!強欲野郎!!
2.終りだ!強欲野郎!!
3.強欲よ!永遠なれ!!
藤原陳忠 PROFILE
【生没年】 ?-?
【出 身】 平安京?
【本 拠】 平安京・信濃国府(長野県松本市)
【職 業】 官人(役人)
【役 職】 信濃守など
【位 階】 正五位下
【 父 】 藤原元方(菅根の子)
【 母 】 橘良殖女
【兄 弟】 藤原致忠・由忠・尚忠・克忠・全忠・懐忠
・則忠・祐姫(村上天皇女御)ら
【甥 姪】 藤原保昌・保輔・女(源満仲室ら
【主 君】 円融天皇・花山天皇ら

「滅びよ!強欲ヤロー!」
 彼は我慢ならなかった。
 彼とは信濃国衙に勤める在庁官人目代とあるだけで名が伝わっていないので、仮に麻手麻呂
(ましゅまろ)としておく。
 麻手麻呂の憤りの対象は、上司の国司たちであった。
 国司とは中央から地方に派遣される役人で、国衙の幹部として居座って在庁官人をこき使う者たちである
(「古代官制」参照)
 もちろん中には良い国司もいたであろうが、少なくとも当時の信濃国司は、麻手麻呂にとっては鼻持ちならない連中ばかりであった。
「ふん!そんな連中ともあと三日でおさらばじゃ!清々するぜっ」
 平安時代中期当時、国司の任期は四年であった。彼らは任期が終わると、任期中にがっぽり蓄えた巨万の富を都へ持ち帰っていくのである。
「それにしても、特に許せないのは受領だ!信濃藤原陳忠その人だ!」
 陳忠は藤原南家、藤原菅根
(すがね。「受験味」参照)の孫で、藤原保昌(やすまさ。「泥棒味」参照)の伯父(おじ)である(「藤原南家略系図」参照)
 麻手麻呂はまくし立てた。
「陳忠がこの四年間にしたことはなんじゃ!民からは税をしぼり取る!出挙
(すいこ。米高利貸し)を行って小遣い稼ぎに励む!墾田や義倉(ぎそう。凶作時のための備蓄米)と称して実は自分の財を蓄える!それなのに中央に納める税や、部下に支払う給料はちょろまかす!そうかと思えば賄賂(わいろ)や接待は決して拒まず、いつももっと欲しそうな顔をしていやがる!」
 国司の収入は、位田職田の収穫米および公廨米
(くげとう・くがいとう。国司の実質上の給与)などである。
 公廨米の分配率は、は六分、は四分、は三分、は二分、史生
(ししょう。書記・雑務係)は一分と定められていたが、中には部下の分を余分にもらっちゃってた悪徳上司もいたことであろう。
 また、国司は国内の荒地を新たに耕して私服を肥やすことも許されていた。律令が機能しなくなってきた当時はむしろこちらのほうが「本業」であり、莫大な裏金を蓄える受領も少なくなかったのである。
「まったくなんてヤツだ!こんな強欲な役人を野放しておいていいはずがねえ!お前も倉庫の中を見ただろう?都に持ち帰るあの財宝の多さは何なんじゃ!あの秘宝の山こそ、ヤツの諸悪行の総決算ではないかっ!」
 話しかけられた男もまた、在庁官人であった。こちらも名前が伝わっていないので、仮に熱田麻呂
(あったまろ)としておく。
 熱田麻呂はため息をついた。
「そうは言っても在庁である我々にはどうしようもないではありませんか。もういいじゃないですか。ヤツは三日後に都に帰るんです。三日後にはすべてが終わるんです」
「いいや終わらねえ!このまま終わりにするわけにはいかないんじゃ!ヤツは我々が汗水たらして稼いだ財宝を、ことごとく分捕って都へ帰っていくんだぞ!大泥棒もいいとこじゃねえか!お前はこんな大泥棒を放っておくというのかっ!わしは嫌だ!ヤツをこのままにしておけば犠牲者は増える一方だ!ヤツはまた次の赴任先でも同じことをするはずだ!いいや!強欲には際限がない!輪をかけてもっともっとひどいことをしでかすはずだ!わしは決してヤツの悪行を許さねえ!ヤツにはもう消えてもらうしかないのじゃ!ヤツには都に帰る途中で死んでもらう!」
「殺すのですか?」
 熱田麻呂はおびえた。
「――いくら悪いヤツでも、受領を殺せばタダではすみませんよ〜」
 麻手麻呂は悪魔的に笑った。
「ところが、タダですむのだ」
「どうして?」
「ヤツの死は殺人ではなく、事故なのだ」
「え?どういうことですか?」
「まだ分からないのか?事故に見せかけて殺すんだよっ」
「うわっ!ひどい人ですね〜」
「ひどいのはどっちだ?わしは正義のためにヤツを殺すのじゃ!これはつまり天誅
(てんちゅう)なのじゃ!極悪なヤツを殺すことが、他の多くの善良な人々を救うことになるのじゃ!わしはやるぞー!作戦はすでに考えている」
 熱田麻呂は耳をふさいだ。
 麻手麻呂は不審がった。
「何だ?お前は作戦を聞きたくないのか?お前はわしの親友だろう?わしに賛同しないのか?」
「私は何も聞いてませんよ〜」
「人にバラすのか?」
「バラしませんけど、何も聞いてませんよ〜。それに私はあなたの親友でも知人でも何でもありませんよ〜。では、私はこれで失礼っと」
 とっとと帰ろうとした熱田麻呂に、麻手麻呂が残念がった。
「あーあ。ならば仕方がない。ということは、受領の秘宝はすべてわしのものだ」
「!」
「分かるだろう?ヤツが死ねば、ヤツが内緒で蓄えた財宝はすべて宙に浮くのだ。民のものでもない、国衙のものでもない、朝廷のものでもない、大量の秘宝がな」
「!!」
「すごい量だぜえ〜。一生、遊びまくって暮らせるぜえ〜。わしが独り占めでもいいのかい〜?お前も生活苦しいんだろう〜?ヤツの悪政のせいで〜」
「……」
「どうだ?わしが考えた作戦を、聞かねえか?」
 熱田麻呂は振り向いた。
 彼もまた悪魔であった。
「何言ってるんですか〜、アニキ!私はあなたの無二の親友ですよっ!」

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