3.強欲よ!永遠なれ!! | ||||||||||||||
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麻手麻呂と熱田麻呂は内心大喜びだったが、わざとらしく血相変えて騒ぎ立てた。
「大変だー!」
「受領さまが谷へ落ちたー!」
前後を歩いていた郎党たちは驚いた。
「なんだってー!」
みんなして谷をのぞき込んだが、スギやヒノキが生い茂っていて谷底が見えず、藤原陳忠の姿も馬の姿も見当たらなかった。
「どこだー!どこに落ちたんだー!」
「木ばっかで何も見えねえ〜」
「だめだこりゃ」
郎党たちは困り果てた。
「とにかく助けに行かねば」
「こんな険しい深い谷ではどうしようもねえ〜」
「ミイラ取りがミイラになっちまう」
「こんなところから落ちては、さすがの受領さまも生きてはおるまいて」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。チーン!」
麻手麻呂がみんなに提案した。
「こうなった以上は悲しんでいても仕方がない。とりあえず国府に帰ろうではないか」
熱田麻呂も賛成した。
「そうですよ。死人には明日はありませんが、生きている私たちには明日があるんですよ!みなさん!すんでしまったことは忘れて、前向きに生きていきましょうよ!」
一行は国府に帰ることにした。
麻手麻呂と熱田麻呂がルンルン帰り支度をしていると、どこからともなく声がした。
「おーい」
声は谷底から聞こえてきた。
麻手麻呂と熱田麻呂は、引きつった顔を見合わせた。
「なんだ?」
「ま、まさか……」
「おーい!余は生きてるぞー!」
郎党たちはハッとして谷底をのぞき込んだ。
「おお!受領さまは生きているぞ!」
「どこにいるかはわからないが声はする!」
「はてさて。どうすればいいのやら〜」
すると、谷底の陳忠の声が命令した。
「旅籠(はたご。旅行用の籠)に縄を結んで下ろして、余を引き上げてくれー」
「そうか!その手があったか!」
郎党たちは言われたとおりにした。
スルスルスル。
「そーだ。下ろせ下ろせー!もっと下ろせー!」
すとん。
まもなく旅籠は下りなくなった。どうやら陳忠のところへ到達したようである。
「よーし!少し待てよ!余が『引け』と命じたら引き上げるんだぞー!」
少し間があった後、陳忠の声が命令した。
「いいぞ。引けー!」
郎党たちは旅籠を引き上げた。
ところが、人を乗せている割にはやけに軽かった。
郎党たちは不思議に思った。
「何だこの軽さは?」
「受領さまは乗っているのか?」
「きっと木の枝にすがって登ってこられるから軽いのだろう」
やがて旅籠が見えてきた。
が、陳忠の姿はなかった。
「なんだ?」
「やっぱり乗ってない!」
「でも、何かいっぱい詰まっているぞ」
「キノコじゃないか!」
それはヒラタケであった。それが旅籠いっぱいに積まれていたのであった。
郎党たちは騒いだ。
「これはどうしたことだ?」
谷底から陳忠が命令した。
「ヒラタケをのけて、もう一度旅籠を下ろせー!」
郎党たちは言われたとおりにした。
「よし、いいぞ!引けー!」
で、もう一度引き上げた。今度の旅籠はやけに重かった。
「重っ!」
「何だこの重たさは!」
「ほかのみんなも手伝ってくれー!」
ほどなくして旅籠が見えてきた。
今度は陳忠が乗っていたが、またしてもヒラタケの束をたくさんかかえていた。
陳忠は旅籠を下りた。
「みなの者、御苦労。礼は言うが、褒美はやらんぞ。ビタ一文やらぬぞ」
「受領さまの御性格は重々承知しておりますから〜」
郎党たちは聞いた。
「それにしても、よくお助かりでした」
「ところでこのヒラタケの山はどういうわけで?」
陳忠は笑って答えた。
「なーに。落ちたときに木の枝に引っかかってな。その木にこれがわっさわっさと生えていたわけだ。信州のヒラタケはうまい。都にいい土産ができた。まだたくさんあったが、とても全部持ちきれなかった。まったく、惜しいことをしたものだ」
「それはようございました」
郎党たちは笑ってしまった。
が、笑ってない人もいた。
麻手麻呂と熱田麻呂であった。
陳忠が縮こまっていた二人に聞いた。
「お前たち、さっき、余に何かしたか?」
「さっきと?」
「おっしゃいますと?」
「余が落ちたときじゃ」
「べっ、別に何もっ!」
「してませんよっ!」
ますます小さくなった二人に、陳忠が言った。
「お前たちとはここでお別れだ。餞別(せんべつ)としてにお前たちにはありがたいお言葉を授けよう」
「いえ、別に……」
「私たちにそんな……」
戸惑う二人に、陳忠は声を張ってお言葉を述べた。
「『受領は倒るる所に土をつかめ』!!」
二人は雷に打たれたように平伏した。
「おおっ!何という強欲っっっ!」
「お見それいたしました!しっかと肝に銘じ、今後の人生の参考にいたしまするぅぅぅ〜!」
陳忠は、秘宝大行列を率いて颯爽(さっそう)と都へ帰っていった。
「受領さま、万歳ー!」
「強欲よ!永遠なれー!」
[2009年9月末日執筆]
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