6.失 恋 〜 おぞましき決意 | ||||||||||||||
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井上内親王と山部親王はねんごろになった。
当然、百川から事情を聞いたので、山部親王にその気はなかった。
でも、百川が扇動したため、二人のうわさはすぐに広まった。
「皇后様と山部親王様は仲良しこよしだそうな」
「朝も昼も晩も、いつも御一緒だそうな」
「井上内親王が他戸親王に山部親王を突きつけて『お父様とお言い』と強要していたそうな」
二人は光仁天皇の前でもいちゃいちゃし始めた。
「ねえ、山部。肩をもんでちょうだい」
「はい。義母上」
「義母上はやめて。井上って呼んで」
「はい。ですよねー」
「それから、肩だけじゃなくて、もっといろんなところを、触ってもいいのよー。ほらっ、ほらっ」
光仁天皇は紅潮し、怒りは高潮に達した。不機嫌に立ち上がると、
「ふん!」
と、眼前にあったついたてを蹴り上げ、カッカきながら席を立った。
すかさず百川が近寄ってきた。
そして、炎に包まれている不動明王のような光仁天皇を姿を見て、うれしさをこらえながら告げた。
「最近、皇后陛下の側近約八名が不埒(ふらち)なことをしております」
側近たちの名前は伝わっていないが、彼女の実家・県犬養氏の人々かもしれない。
「不埒なこととは、何じゃ?」
「はい。人の妻を奪って犯したり、人のダンナを奪って手込めにしたり……」
「何じゃと!」
これには光仁天皇、こめかみに青筋を立てた。青筋はうごめき、波打ち、怒涛(どとう)のごとく荒れ狂った。
「許さん! そのような不埒なこと以上の不埒なことが、この世の中にほかにあろうか?
断じて許さんっ! そやつらを厳罰に処せ! 百たたきの刑じゃっ!」
「承知いたしました」
百川は即刻井上内親王の側近たちを捕らえると、百たたきの刑にした。
看守にわざと太い杖(つえ)で打つよう命じたため、彼らはみんな、肩を砕かれ、あばらを折られ、頭蓋(ずがい)を割られて絶命してしまった。
「御臨終です」
次々と運ばれてくる血みどろの遺体を見て、井上内親王は絶叫した。
「キャー!
なんてことをっ!」
そして、光仁天皇に詰め寄った。
「あなた! どういうことですか! いったい彼らが何をしたって言うんですかっ!
殺すなんて、あんまりじゃないですかっ!」
光仁天皇は冷めた目で言った。
「お前がしていることと、同じことをしていたんじゃよ。つまり、見せしめってヤツじゃよ」
「そんな……、ひどい! ひどすぎるわっ!」
井上内親王は涙を浮かべて恨めしそうに光仁天皇をにらみつけると、ダッと外へ飛び出していった。
百川がジメジメと言った。
「それにしても、今の皇后陛下の目、怖かったですね〜。すごかったですね〜。まるで『呪ってやる〜。たたってやる〜』って叫んでいるみたいだったですね〜」
「余計なこと言うと、お前もたたき殺すぞ」
「へい」
井上内親王は山部親王のもとに走った。
いとしの彼に慰めて欲しかった。
回廊に、彼はいた。
「山部……」
彼女はその胸に飛び込もうと駆けていった。
が、彼は受け止めてくれなかった。彼女を避け、飛び退いてしまった。
そのため、彼女は体勢を崩し、地べたに突っ伏した。彼女の髪は乱れ、顔は土にまみれた。
井上内親王は起き上がった。不思議そうに聞いた。
「なんてことするの?」
山部親王は冷たかった。
「演技だったんだよ」
「え?」
「僕は初めから継母上のことなんてなんとも思っていなかった。百川に言われて、仲良しのふりをしていただけだったんだ。本当はずっと、迷惑だったんだよ」
ショックだった。失望だった。絶望だった。
井上内親王はがっくりひざを落とした。呆然(ぼうぜん)とその場に座り込んでしまった。動けなくなってしまった。
そこへ女がやって来た。
「待った?」
それも、二人もやって来た。
どちらも十三、四歳の、かわいらしい少女であった。
一人は良継の娘・乙牟漏(おとむろ)。もう一人は百川の娘・旅子(たびこ)。
二人は両方から、うれしそうに山部親王の腕にすがり付いた。
彼は二人を抱き寄せると、抜け殻のようになった井上内親王を見下ろして言った。
「これで分かっただろ。僕は若い娘が好きなんだ」
そして、二人にも言った。
「ここは変なオバさんがいるから、向こうに行こっか」
二人は笑った。
土にまみれたオバさんに侮蔑(ぶべつ)の視線を投げかけると、楽しそうに一緒にどこかへ消えていった。
井上内親王はムカついた。悔しくて悔しくてたまらなかった。
「許さない……」
井上内親王は涙で湿った土を両手で握り締めて決心した。
「おのれ、山部! おのれ、百川! 呪ってやる……。呪ってやるわっ! 二人とも、のた打ち回って地獄に落ちればいいのよっ!」