★ 平安時代の人間緊急地震速報 | ||||||||||||||
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藤原実宗 PROFILE | |
【生没年】 | ?-? |
【出 身】 | 平安京?(京都府京都市) |
【本 拠】 | 平安京→(陸奥国府(宮城県多賀城市) |
【職 業】 | 官人 |
【役 職】 | 少納言→肥後守→兵部大輔→常陸守→陸奥守 |
【位 階】 | →従四位上→正四位下 |
【 父 】 | 藤原資宗 |
【 子 】 | 藤原家国・季隆 |
【主 君】 | 白河天皇・堀河天皇 |
ぴー!ごろごろぴー!
その日、藤原実宗(ふじわらのさねむね)は朝から大変であった。
「うう〜ん」
しくしく。きゅるきゅるきゅる〜。
官位は正四位下・常陸介、中級貴族である。
摂政関白太政大臣・藤原実頼(さねより。「狂気味」参照)の六代孫であるが、代を経て権力とは無縁の官人に成り下がっていた。
ちなみに東北の戦国武将・伊達政宗の先祖にも藤原実宗という名の人がいるが、こちらは左大臣・藤原魚名(うおな。「ヤミ味」参照)の子孫で別人とみられる(「藤原北家系図」参照)。
「うお!」
ピー!ピー!どびっ!どびっ!だらだら、ピーッ!
「なんでだー!?」
昼になっても実宗は、厠(かわや)でしゃがんでいる時間の方が多かった。
「むう〜ん……」
ギュルギュルギュル〜。だび!だび!じょびじょびじょびびぃ〜。
「もうダメ〜、名医に診てもらおう〜」
中身が全部出ちまったのか、何とか治まったようなので、ゲッソリした実宗はヨロヨロと名医のもとへ向かった。
「こんにちは〜」
「おう。久しぶりだな。元気か?」
「元気じゃないから来たんです〜」
名医とは丹波雅忠(たんばのまさただ)。
典薬頭(てんやくのかみ)・丹波忠明(ただあき)の子で、同職を世襲、日本最古の医書『医心方(いしんぼう)』を抄録した『医略抄(いりゃくしょう)』などを著し、「日本扁鵲(へんじゃく)」とも呼ばれた当代一流の名医である(「丹波氏系図」参照)。
すでに診察の房(へや)には先客の患者がいたが、緊急事態だったため、実宗は先に診てもらうことにした。
「今日はどうしました?」
普通の医者なら聞くであろうそのセリフを雅忠は口にしなかった。
彼は患者の顔を見ただけで何の病気がすぐに分かってしまうのである。
「あ、下痢(げり)がひどいようだな。なるほど。ふむふむ。なーんだ、たいしたことはない。これを飲むと楽になるぞ」
実宗は至急、手渡された薬を飲んだ。
さささ。
ゴックン。
「ふうー」
で、深呼吸して、腹をさすって礼を言った。
「ウソみたいです。いつもながら見事な腕前です。痛みが瞬時に治まりました」
これには先客の患者も感心した。
顔色の悪いやせぎすの貴人であった。
「すごいですね。顔を見ただけで何の病気が分かるなんて。マロの病気もすぐに当ててしまいましたし」
「あなたさまはどんな病気で来られたのですか?」
「いえ、その、ちょっと恥ずかしい病気なんで言えないんですが」
顔色の悪いやせぎすの貴人は赤くなった。
もとから顔が赤い雅忠が意地悪そうに言った。
「ばらしてやろうか?」
「やめてくださいよ〜」
「ワハハ!冗談だよ。ひっく!」
雅忠の顔が赤いのは酒を飲んでいるからである。
彼は杯の酒を飲み干すと、コポコポコポポとまた注いだ。
顔色の悪いやせぎすの貴人はあきれ笑った。
「しかも、この先生は毎日昼間っから酒を飲みながらヘベレケ状態で診察しているんですよ〜。信じられないっすよ〜」
「フッ!わしの腕は酔うほどに上がるのだ」
実宗も言ってあげた。
「でも、飲みすぎはよくないですよ。『医者の不養生』ってやつですよ」
「うるさいな!」
雅忠は瓶子(へいし)を逆さに傾けて振った。
「ほらっ、どうせこれで最後の一杯だ。最後の一杯は時間をかけて味わって飲もう」
雅忠は一口だけ酒を含んで口の中で転がすと、杯は机の上に置いておいた。
すると、顔色の悪いやせぎすの貴人が杯を指して勧めた。
「先生。それ、早く飲んだほうがいいですよ」
「なんで?今言っただろう。最後の一杯は味わって飲むんだと」
「でも、早く飲まないと、飲めなくなります」
「なんでだ?」
「もうすぐ地震が起こるので、全部こぼれてしまうでしょう」
「ワハハ!」
雅忠は笑った。
「地震というものは、いつ来るか分からないものだ」
実宗も顔色の悪いやせぎすの貴人に言ってやった。
「そうですよ。地震なんて起きませんよ。そんなもの予知できたら、人ではなくて神ですよ」
「やめやめ!地震は嫌いだ!そんな物騒な話ではなくて、もっと楽しい話をしよう。酒がまずくなる」
「そーですよっ」
と、そのときであった。
実宗は、フワーリフワリと変な感覚に襲われた。
「なんだ?」
カタカタカタカタ。
杯が揺れて音を立てた。
「ま、まさか……」
雅忠が杯を取ろうとする間もなかった。
ドカ!ドカ!ドカ!ドカ!
ガターン!ドッコーン!
猛烈に揺れ始めたのである。
実宗も雅忠も仰天した。
「ゲッ!ホントに地震だー!」
「んなアホなー!」
ゴトゴトゴトゴト!
どばばば!ガッチャーン!チーン!
「あたっ!何か当たった!結構揺れる〜!」
「ぎゃー!ぎゃー!」
ゴットンゴットン、ゴットントーン!
揺れは終わった。
建物にたいした損壊はなかったが、薬箱は散乱していた。
杯は傾いていて、一口も残っていなかった。
「あーあ。最後の一杯が〜」
雅忠は空杯を手に取って残念がった。
「だから言ったじゃないですか〜」
顔色の悪いやせぎすの貴人が笑った。
実宗は恐る恐る聞いた。
「地震が来るのを当てるなんてすごいです。すごすぎます!あなたさまはいったいナニモノなんですか?」
「申し遅れました。私、陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい。「安倍味」参照)のひ孫で、安倍有行(ありゆき。「安倍氏系図」参照)と申します」
[2011年4月末日執筆]
参考文献はコチラ
※ この物語の原典は『今鏡』です。
※ 『今鏡』には藤原実宗の官職は「常陸守」とありますが、常陸は親王任国のため「常陸介」です。
※ 『古今著聞集』では安倍有行が安倍吉平(よしひら。晴明の子)になっていますが、吉平の没年万寿三年(1026)に丹波雅忠は六歳にしかなっていないため、話が合いません。
※ この物語に登場する藤原実宗は、系譜上は伊達氏の先祖の実宗とは別人とみられますが、両者にはそれぞれ「スエタカ(季隆・季孝)」という同名の子がいるため、同一人物である可能性も捨て切れません。
【藤原実宗】ふじわらのさねむね。常陸介。
【丹波雅忠】たんばのまさただ。典薬頭。名医。
【安倍有行】あべのありゆき。人間緊急地震速報。晴明のひ孫。