1.豪快に誕生 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2022>令和四年2月号(通算244号)ユメ味 生月鯨太左衛門1.豪快に誕生
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「こんにちは」
「だ、誰ですか?」
「私、クジラです」
「ですよね〜。人間には見えないですよね〜」
「折り入ってお話があります」
「あら。クジラが人間にですか?」
「ええ、大事なお話なので、種族を超えて話しかけてみました」
「ですか」
「明日、あなたさまのだんなさまがひどいことをします」
「ひどいこと? 何をですか?」
「私の子どもを殺しちゃうのです」
「え! そ、そうですか……。私の夫は漁師なので、仕方ありません」
「私は子どもがかわいいんです!」
「わかります。気持ちはわかりますけど、クジラ漁師という夫の職業柄、やむを得ないことです」
「私の子どもを助けてください! 他のクジラなんてどうだっていいんです! 今回だけは、私の子だけは見逃してください!」
「えーっ! でもでも、クジラってめったに捕れないんですよぉ〜。捕れるとわかっているものを見逃すなんて嫌だなあ〜」
「もし、私の子どもを助けてくださったら、あなた方夫婦が最も欲しがっているものを授けましょう」
「え! ひょっとして、アレですか?」
「そうですよ! 赤ちゃんですよ!」
「赤ちゃん! うちら夫婦に待望の赤ちゃん……」
「授かっちゃうんですよ! 私の子どもを逃してくれたら!」
「ううん、それはうれしいわね〜。でも、ホントの話なのそれ?」
「ホントですって! これは夢なんですけど、ホントになる正夢なんですって! だんなさまにお伝え下さい! 赤ちゃんが欲しかったら、私の子どもを見逃してくださいと!」
夢は覚めた。
夢を見ていたのは肥前平戸藩(ひらどはん)内の生月島(いきつきしま。長崎県平戸市)に住むハルである。
ハルは夫の多七に夢の内容を話した。
多七も信じた。
「俺たちは神様にお願いしている。正夢の可能性があるね」
夫婦は平戸島にある延喜式内社(えんぎしきないしゃ)・志々伎神社(しじきじんじゃ。志自岐神社)に子どもが授かるように願をかけていた。
「――よし、今日は子連れのクジラを見つけても、捕まえずに見逃してやることにしよう」
多七は漁に出かけた。
さっそく、本当に子連れのクジラを見つけた。
「あれだな」
多七はクジラの親子を捕まえずに逃がしてやった。
去っていく潮吹きがお礼のように見えた。
しばらくして、ハルは妊娠した。
「クジラの恩返しだ!」
二人は喜び、生まれてくる日を楽しみに待っていた。
文政十年(1827)三月二十一日、ついにその日がやってきた。
「なんじゃこりゃあ!」
ベテランの産婆も驚くほどの大きな赤ちゃんが誕生した。
普通の新生児の倍ほどもあったという。
「まるでクジラの子のようだ」
要作と名付けられた赤ちゃんは、すくすくと巨大化していった。