2.大浦為信vs最上義光 | ||||||||||||||
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大浦為信は地図を見ていた。
津軽地方の地図を穴の空くほど眺めていた。
それには南部氏配下の城と城将の名前が配されていた。
大浦城(弘前市) | − | 大浦為信(本拠) |
堀越城(弘前市) | − | 大浦為信(旧居) |
石川城(弘前市) | − | 石川高信 |
和徳城(弘前市) | − | 小山内満春 |
大光寺城(平川市) | − | 滝本重行 |
浅瀬石城(黒石市) | − | 千徳政氏 |
田舎館城(田舎館村) | − | 千徳政武 |
油川城(青森市) | − | 奥瀬善九郎 |
横内城(青森市) | − | 堤氏 |
浪岡城(青森市) | − | 北畠顕村 |
いつの間にか、軍師・沼田祐光がそばに座っていた。
「どの城から攻めるおつもりで?」
為信は笑った。
「同盟者の千徳でないことは確かだ」
千徳政氏(せんとくまさうじ)とはすでに永禄四年(1561)から同盟を結んでいたという。が、この頃はまだ養父為則の代なので、結んだのは為則であろうか?いずれにせよ為信は、津軽統一後にこれを滅ぼしてしまうのである。
為信が石川城(大仏ヶ鼻城)を指して聞いた。
「いきなり石川を攻めるのはアリか?」
石川城は南部氏による津軽統治の総本部である。
十三もの館を擁した堅城で、その城主・石川高信(いしかわたかのぶ。南部高信)は、時の南部氏当主・南部晴政(なんぶはるまさ)の叔父であり、晴政の婿養子・信直(のぶなお)の実父であった。
「アリでしょう。いえ、それ以外の手はないかと。敵の象徴を真っ先にほふってこそ、決起というものなり」
「お前もそう思うか」
「ただし、敵は強大、味方は弱小。何か強力な後ろ盾がなければ、一時的に奇襲が成功したとしても後が続きませぬ」
「ふむ。ならば、安東とでも結べと言うのか?」
かつて南部氏に津軽を追われた安東氏は、安東愛季(ちかすえ・よしすえ。秋田愛季)なる傑物を得て、出羽秋田湊(あきたみなと。秋田県秋田市)・檜山(ひやま。秋田県能代市)ほかを制圧、南部領の陸奥鹿角(かづの。秋田県鹿角市)を脅かすまでに復活していた。
が、沼田は否定した。
「いいえ。結ぶのであれば、安東よりも最上(もがみ)のほうが最上(さいじょう)かと」
「最上?出羽山形(やまがた。山形県山形市)城主の最上義守(よしもり)か?」
「いえ、その嫡男・義光(よしあき)とです」
後に「羽州の狐(きつね)」と呼ばれる謀将・最上義光のことである。
「義光は義守と仲が悪く、いいうわさも聞かぬが」
「父子の仲が悪いことは確かですが、うわさに惑わされてはいけません。直接会うのが一番かと」
永禄十二年(1569)、為信は森岡信元を山形に派遣し、最上義光に同盟を持ちかけた。
義光は快諾し、鉄砲二十丁などを土産にくれた。
元亀二年(1571)春、今度は為信自身が直接山形に出向き、義光に軍資金や食糧や武器などの後援を頼んだ。
義光は為信の風貌(ふうぼう)を見て喜んだ。
「やあ!そなたが『関羽殿』か?」
義光もまた大男で、大力の持ち主であった。
為信は自慢のヒゲを広げて見せながら照れた。
「ハッタリですが」
「いやいや。そうは思わぬが、ハッタリも必要だ。偽装・謀略・奇襲、あらゆる汚い手段を使わなければ、弱者が強者に勝つことは不可能。中央の織田信長を見よ。信長は奇襲で今川義元を倒し(「最強味」参照)、謀略で稲葉山城(いなばやまじょう。岐阜城)を落とし、大軍勢を偽装して上洛した。天下を取るのは戦が強い男ではない。権謀術数に長(た)けた、卑怯(ひきょう)でしたたかな男よ」
「あやかりたいものです」
義光が声を低めた。
「で、そなたはいつ南部に対して謀反を起こす?」
為信はムッとした。
「謀反ではなく、決起です」
「ハハハ!ものはいいようだが、なるべく早いほうがいいぞ。信長が天下統一すれば、戦をしたくともできなくなるからな」
「ですね」
「そなたが津軽で暴れてくれれば、わしも都合がいい。秋田の安東愛季を牽制(けんせい)することもできる。だが、あまり大きくなるなよ。そなたが大きくなりすぎれば、わしと戦うことになるやも知れぬ」
「フフフ。御心配には及びません。信長の天下統一のほうが先でしょう」
「それもそうだ」
義光も笑い返し、真剣な顔に戻して聞いた。
「一つ質問していいか?」
「はあ。なんなりと」
「一族と家来と民。そなたはこの三つの中でどれを一番大切にするのがよいと思うか?」
「民でしょう」
義光は満足であった。
「その通りだ。それが分かっていれば、そなたが津軽を統一できる日も近い」
「ありがとうございます」
「人というものは、弱きを助け、強きをくじくことを旨としなければならない。一族をひいきせず、家来や民をいつくしみ、強い敵に対しては手段を選ばぬ鬼とならなければならない。しかし世の中には、あらゆる謀略を使っても勝てそうにない強すぎる敵も存在する。そんな敵に対しては、どうすればいいかわかるか?」
為信は困った。
「うう……、どうしようもないのでは?」
「どうしようもないことはない。長いものには巻かれればいいだけだ。現にわしは信長に巻かれている」
「なるほど」
「復習だ。一族はひいきすべきではない。家来や民はいつくしむべきである。敵は倒すべきである。強い敵は汚い手を使ってでも倒すべきである。そして、最強の敵にはいち早く巻かれるべきである。それが我々のような中途半端な武将が戦国乱世を生き抜く術であろう!」
為信は感動した。
「親分、勉強になります!」