★ 逆襲の詐欺師

ホーム>バックナンバー2018>平成三十年9月号(通算203号)有名味 徒然草第八十八段★逆襲の詐欺師

スポーツで有名になる人々
★ 逆襲の詐欺師

「だんな、だんな」
 行商人が通行人を呼び止めた。
 無視する通行人の前に、行商人が回り込んだ。
「そこの見栄えのいい殿方、あなたさまのことですよ」
 通行人は少しいい気になって立ち止まった。
「それほどでも〜」
「いい男の方はいいものを持っていないと。いいもの、持ってますか?」
「いいもの?」
「ええ、たとえば有名人の作品とか」
「ないね」
「ない!ひとつもない!そんな方にお勧めの一点物があるんですよ〜。こんなん持ってたら、箔
(はく)がついていろんな人に自慢できますよ〜」
「こんなんって何?」
「これなんですよ〜」
 行商人が巻物を出して説明した。
「『和漢朗詠集
(わかんろうえいしゅう)』って御存じですか?」
「知ってる。藤原公任
(ふじわらのきんとう)が選した歌謡集だね?」
「よく御存じですね〜。それなんですよ〜。うちの家宝なんですけど、値段交渉次第では譲ってあげても構いませんよ〜」
「ふーん、で、これを書き写したのは誰だい?」
「それがですね〜、書き写した方も有名人なんですよ〜」
「だれ?だれ?」
「なんと、当代一流の書家・小野道風
(おののみちかぜ・とうふう)なんですよ〜」
「すごいなそれ!」
「でしょ〜?でしょ〜?すごいでしょ〜? ――で、いったいいくら払ってくださいます〜?」
「和漢朗詠集が成立したのは長和年間(1012-1017)頃」
「ええ」
「道風が死んだのは康保三年(966)」
「だから?」
「つまりその巻物は、五十年も前に死んでいる書家によって書き写されたことになるね」
「へ!」
 行商人は理解した。ウソがばれて追い詰められた。詐欺師の顔は青くなった。
「これはいったいどういうことかね?」
 通行人は聞いてみた。うつむいた詐欺師の顔を下からのぞき込んでやった。しばらく無言でにらみつけてやった。
 それでも詐欺師は負けなかった。信じられない逆襲を仕掛けてきた。堂々とかましてみせた。
「だ〜か〜ら〜、珍しいんじゃないですかぁ〜」
「!」

[2018年8月末日執筆]
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