2.売り飛ばされる家族

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善政とは何か?
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 私の家族は伊豆北条(ほうじょう。静岡県伊豆の国市)に住んでいます。
 鎌倉幕府執権家・北条氏の発祥地で、同氏の領地なんです。
 昨年、ここでは米ができませんでした。日照りと台風がいっぺんに来て、未曽有
(みぞう)の飢饉(ききん)になったのです。
「とんでもないことだ」
 私たち農民は困りました。
 役人が取り立てに来ましたが、年貢を納めることができません。
 役人は怒りました。
「米を出せ!」
「ないものは出せませんて〜」
「出せないだと!それはお前たちの都合だろう!こっちはこれで食っているんだ!お前たちが年貢を納めないと、おれたちのほうが食っていけないんだよー!出せや、コラー!」
「でも〜。ホントになんもないんですから〜」

 らちが明かない役人は集まって相談しました。
 しばらくして、こんな提案を私たちにしてきました。
「では、お前たちには出挙
(すいこ)をしてもらうから、証文を書くように」
「スイコ?」
「ああ。つまり米貸しだ。借金ならぬ『借米』だ。備蓄米からお前たちに米五十石を特別に融資してやる。今年の年貢はそこから徴収し、来年には年貢とともに、その分の利息も支払ってもらうことにする。それでいいな?」
 私たちは喜びました。
「それはありがたいです〜。ぜひお願いします〜」
 役人は念を押しました。
「ただし、これは今年限定の方法だ。備蓄米は少ないから、来年はもうできないのだ。だから、来年には必ず年貢も利息も耳をそろえて払ってもらうぞ。そうしなければ困る」
「ええ、大丈夫です。凶作の年が二年続くことはありえませんから〜」

 ところが、ありえてしまいました。
 今年もまた凶作になってしまいました。
 昨年よりもひどい、まさかまさかの未曽有超えの大飢饉になってしまったのてす。
 私ほか「借米」の証文を書かされた数十人の農民は絶望しました。
「どうすればいいんだー!」
「謝るしかないだろ」
「ごめんねごめんね〜、とか?」
「バカ!即殺されるぞー!」
「終わりだぁー!」
「おれたちは売り飛ばされるんだー!」
「一家離散で男も女も奴隷にされてこき使われるんだー!」

 私は家族を見回しました。
 私の家族は、男は運動神経がなく、女はブサイクなので、奴隷としての商品価値が皆無でした。
「こんなんでは、犬追物の的としてたたき売りされるんだろうな」
 いやでした。
 なぶり殺しにされるよりは、自分で死んだほうがマシでした。
「今日は死ぬぞ」
 死ななければ、強制的に犬追物の的にされてしまうんです。
「さあ、鬼が来る前にあの世へ逝
(い)こうか」
 私は小さい子から順番に送り出すことにしました。
 一番小さい坊やを抱くと、坊やは泣き出しました。
 妻がたまらず坊やを取り上げました。
 妻は坊やをあやしながら懇願しました。
「ねえ、あしたにしよう〜」
 私は叫びました。
「あしたはもうないんだー!借米取りは今日来てしまうんだー!」

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