1.武田信玄にも負けなかった | ||||||||||||||
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飛騨白川郷は秘境である。
現在の岐阜県白川村と旧荘川村(現在は高山市荘川町)の総称のことで、荘白川とも呼ばれている。
平成七年(1995)、北接する五箇山(ごかやま。富山県南砺市)とともに「白川郷・五箇山の合掌造集落」として世界文化遺産に登録されて一躍脚光を浴びるが、天文十五年(1546)当時はただの辺境の田舎であった。
内ヶ島氏理 PROFILE | |
【生没年】 | ?-1585 |
【出 身】 | 飛騨国(岐阜県) |
【本 拠】 | 飛騨帰雲城(岐阜県白川村) |
【職 業】 | 武将(飛騨白川郷領主) |
【 父 】 | 内ヶ島雅氏(または氏利) |
【 子 】 | 女(東常尭室) |
【 婿 】 | 東常尭(常縁ひ孫) |
【盟 友】 | 照蓮寺(正蓮寺) |
【部 下】 | 川尻氏信(牧戸城主) ・山下氏勝(萩町城主) ・荒川右馬丞(新渕城主)ら |
【仇 敵】 | 武田信玄・上杉謙信 ・織田信長・豊臣秀吉 |
【没 地】 | 飛騨帰雲城(岐阜県白川村) |
「いい心地だ」
内ヶ島氏理は、居城・帰雲(かえりぐも。同村)城下のお花畑で大の字になり、目を閉じて寝そべっていた。
内ヶ島氏は楠木正成(「2003年5月号 窮地味」参照)の弟・正氏(まさうじ)の子孫といわれ、氏理の二代先祖(または三代)の為氏(ためうじ)の時に隣国信濃からこの地に移り住んできた。そして、帰雲城を築き、白川郷領主・正蓮寺(しょうれんじ。後の照蓮寺。同村)明教(みょうきょう)を殺害、強引にこの郷を支配したのである。
今では明教の子・明心(みょうしん。明教の子)とも仲直りし、平和にのどかに暮らしていた。
うとうとしていた氏理は、何やらムニョッとほおが変形したのを感じて目を開けた。
見ると、父(または祖父)・雅氏(まさうじ)が杖(つえ)で突いてきたのであった。
雅氏は渋い顔をした。
「また昼寝か。多少は馬の稽古(けいこ)なり、武芸の稽古なり、してはどうだ?」
氏理は寝返りながら、面倒くさそうに言った。
「いいじゃないか。どうせ誰も攻めてこないんだから」
「それはそうだが」
雅氏は否定しなかった。
確かにそのとおりだった。
今までここに敵が攻めてきたことはなかった。
周囲に敵がいないわけではなかった。歴史の教科書にも載っている無頼のヤカラがこれでもかと割拠していた。
飛騨の東には、甲斐の蹲虎(そんこ)・武田信玄がおり、西には本願寺最強軍団・加賀の一向一揆がひかえていた。
南には美濃の梟雄(きょうゆう)・斎藤道三(さいとうどうさん)が息を潜めており(「2002年7月号 最強味」参照)、北にも越後の飛竜・上杉謙信(当時の名は長尾景虎)の息のかかった者どもが跋扈(ばっこ)していた。
飛騨国内でも、群雄は割拠していた。
中でも北飛騨の高原諏訪(たかはらすわ。岐阜県飛騨市)城主・江馬時盛(えまときもり)と、南飛騨の桜洞(さくらぼら。岐阜県下呂市)城主・三木直頼(みつきなおより)は強大で、それぞれ飛騨統一に向けて戦いに明け暮れていた。
それなのに、飛騨の北西端・白川郷だけはアホみたいに平和であった。
なぜ平和であったのか?
何といっても四方を取り囲む二千〜千数百メートル級の山々が、敵の侵略欲を皆無にしていたためであろう。
周囲の武将たちはきっとこう思っていたに違いない。
「白川郷なんて、苦労して高い山を登って下りて攻め入ったところで、スズメの涙のような乏しい土地しか得られないじゃないか。そんなところ攻めるくらいなら、もっと広いところを攻めよう」
氏理は言った。
「だから誰も攻めてこないよ。白川郷はこのままの状態で永遠に時だけが過ぎていくんだ」
雅氏は疑った。
「それはどうかな。世の中には変わり者がおるからのう」
雅氏は、ちょうどこっちに向かってやって来る人々を発見して指差した。
「見よ。うわさをすれば影だ」
やって来たのは、牧戸(まきど。高山市)城主・川尻氏信(かわじりうじのぶ。備中守)と、見知らぬ武将であった。
牧戸城(向牧戸城)は帰雲城の支城で、川尻氏信は内ヶ島家の家老である。
「おお、大殿と若殿。ちょうどよいところにいてござった」
川尻は息を切らせながら、見知らぬ武将を紹介した。
「あ、こちらは武田家家臣の飯富(おぶ)殿じゃ」
飯富も息を切らせていた。ぺこりと頭を下げて自己紹介した。
「初めまして。武田信玄の家臣、飛騨神岡(かみおか。飛騨市)城将・飯富源四郎(げんしろう)です」
これにはさすがに氏理の目が光った。
飯富源四郎といえば、信玄の重臣・飯富虎昌(とらまさ)の弟で、飛騨攻略を任せられている武将である。後の名を山県昌景(やまがたまさかげ)という(「2008年1月号 銃器味」参照)。
「ほう。その信玄の家臣が、白川郷に何の用だ?」
氏理の問いに、飯富が答えた。
「内ヶ島殿には、武田家に対して臣下の礼をとっていただきたいのです。北飛騨の江馬殿のように」
飯富はこの年、信玄の命令で飛騨に侵攻、江馬時盛を降し、神岡城を拠点に飛騨制圧を目指していた。
飯富は続けた。
「我が武田軍は最強です。まもなく武田は飛騨全土を平定することでしょう。そのときのために、内ヶ島殿にはなるべく早く武田に属していただきたいのです」
「この内ヶ島に、武田の家来になれと?」
「その通りです。このことは内ヶ島殿のためにもなるんですよ」
氏理は雅氏を見た。雅氏は笑っていた。
氏理は飯富に聞いてみた。
「断ったら、どうなる?」
「仕方ありません。容赦なく攻め滅ぼすまでのこと」
「うぷぷっ!」
氏理は吹き出した。声高らかに笑うと、雅氏に言った。
「聞いたか、父上! 武田は今まで誰も攻めてこなかったこの白川郷に、攻めてくるそうだ!」
雅氏も笑って言った。
「飯富殿。貴殿はここまで来るだけでもヒーヒー息を切らせていたではないか。その状態で城攻めは到底無理じゃ。戦になれば、わしらは帰雲城の詰めの城にこもって戦うじゃろう。ほれ、あの雲で山頂も見えない高い山の上にある城じゃ。いくら武田軍が強いといえども、攻められるはずがないであろう」
飯富は言い切った。
「我が武田軍の前に、難攻不落という城はありません!」
氏理は言い返した。
「おもしろい!
攻められるものなら、攻めてみろ!」
氏理は川尻に命令した。
「川尻。飯富殿に帰雲城の『仕掛け』の一部を見せてやれ」
「いいんですか?」
「いいのだ。どうだ、飯富殿。難攻不落の『仕掛け』見たくはないか? それを見れば、とても攻める気は失せてしまうと思うが」
飯富は、額の青筋をピクピク踊らせながら言った。
「下見しておきましょう。城攻めの参考として。でも、内ヶ島殿。城を落とされてからピーピー命乞いしても知りませんからねっ」
こうして飯富は、川尻に帰雲城内を案内された。
日が西に傾く頃、飯富と川尻は帰ってきた。
飯富はすっかりゲッソリしていた。
氏理が聞いた。
「どうです?
多少は城攻めの参考になりましたかな?」
「へ!」
飯富はビクッとした。激しく首を横に振って否定した。
「とっ、とっ、とんでもない! 武田は金輪際、白川郷に攻め入ることはないでしょう。あるはずないじゃないですかっ!
はははっ! 白川郷、万歳ー!」
飯富は、川尻にずっしり重たいお土産の箱をもらうと、いそいそ足早に帰っていった。
「何だ、あの豹変(ひょうへん)ぶりは?」
「帰雲城の『仕掛け』に、すっかり恐れ入ったようだ」
事実、それ以後武田軍が帰雲城を攻めることはなかった。