2.シロアリ取りがシロアリ | ||||||||||||||
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藤原通宗は「シロアリの城」へ乗り込んだ。
役人たちのいる国衙にである。
「みなの者!今日も精を出して仕事をしているか?」
役人たちは口々に言った。
「もちろんですとも、守」
「私たちより勤勉なお役人など、そんなにおりますまい」
「優秀な部下たちに担がれて、守は幸せ者ですなー」
通宗は尋ねた。
「仕事以外のことにも精を出してはいないか?」
「へ?」
「たとえば、税ドロボーとか?」
「……」
「ちょろまかした金品を数えているとか?」
「……」
「貴様ら、不正を働いているであろう!」
役人たちはざわめいた。
「シロアリ」のボスがつかつかと出てきた。
在庁官人の長老である。
「守。何をおっしゃっているのか意味がよく分かりません。税ドロボー?不正?何ですかそれは?国衙にそのような悪人は一人もおりませんが」
「不正をしていないと断言できるのであれば、今すぐ帳簿を出してみろ!」
「……。本日は出す日ではございませ〜ん」
「ちょろまかしているから出せないのであろう!」
通宗に怒鳴られても、シロアリのボスはひるまなかった。
「人聞き悪いですな。私たちは毎年決められた租を京へ送っています。ちょろまかしてなんかおりません」
「海産物は?」
「海産物?調とでもおっしゃりたいんですか?プハハ!いったい何時代の話ですかな?国衙領(公領)はとうの昔に荘園化しています。そんなもんは納めなくてもよくなっているんですよ」
律令制の税制といえば租・調・庸などである。
が、平安時代中期には各地に荘園なる私有地ができて廃れ、国衙領でも中央には租ぐらいしか納めなくなっていた。
「では、民から徴収した海産物はどこへ行ってしまうのだ?」
「無論、私たちの胃袋や財布にも入りますか、ほんのわずかです。大半は守のために使います。そうです!あなたの出世のために役人みんなで蓄財しているんですよ!」
「オレの出世のためだと?」
「ええ。蓄財して、京で人事を牛耳っている公卿に贈るのです」
「ワイロではないか!」
「その通りです。何か問題でも?」
「……。別に問題ではない」
当時、ワイロは犯罪ではなかった。出世のための正当な手段であった。成功や重任などといった売官売位が公然と行われていたのである。
ちなみに平忠盛が鳥羽上皇に得長寿院(とくちょうじゅいん。京都市左京区)を寄進して殿上人(てんじょうびと)になれたことなども、そういうことである(「泥酔味」参照)。
「出世のためにはカネが必要です。ありすぎて困ることはありません。カネがあればあるほど、守は高位高官に就くことができるのです」
「しかし、そのために民を犠牲にしたくはない」
「何をおっしゃいます!守は御自分の奥方やお子さまよりも民のほうが大事だとおっしゃるのですか?」
「そんなことは言ってない。自分の妻子は最優先だ」
「だったら御家族のために蓄財し、公卿にワイロを贈り、出世を目指すべきでしょう!守が出世すれば、守の御家族は喜ぶんです!守の御家族を幸せにするためには、民の幸せを搾取するより他ないのです!」
「……」
「ワイロの力は絶大です。しかもここ能登には、至高のワイロ、『最終兵器』がこざいます」
「最終兵器?」
「はい。鬼の寝屋島のアワビです!アワビの中でも最高級品!これこそ公卿の大好物!これさえ贈り付ければ、どんな願いでも思うがまま!」
「……」
「おめでとうございます!守が能登に来られたことは大正解!もはや守の将来は約束されているのです!参議入りはおろか、大臣・納言になることも夢ではないのです!パチパチパチ!」
「……。悪い気はしないな」