3.シロアリの親玉 | ||||||||||||||
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藤原通宗はシロアリのボスに洗脳された。
いつしか出世欲の塊、増税の鬼、シロアリの親玉に成り果てたのである。
当時の国司の任期は四年である。
任期最終年、シロアリのボスが通宗に非常事態を告げた。
「国の財政が苦しすぎます。このままでは、守が京へ持ち帰るワイロがありません」
「何だと?あんなにせっせと増税してきたのに、どういうことだ?」
「残念ですが、税収よりも出費のほうが多かったということです。ここは歳出削減のため、身を削るしかありません。気多宮(けたのみや。気多大社。石川県羽咋市)で予定されている歌合(うたあわせ)は中止です」
「ダメだ!歌合だけは中止しない!」
通宗にとって、歌は唯一といっていいほどの趣味であった。
「――それに、もう招待状を友人たちに出している。いまさら中止にできるはずがない!」
通宗の友人とは、住吉社(すみよししゃ。住吉大社。大阪市住吉区)神主・津守国基(つもりのくにもと)、官人・橘成元(たちばなのなりもと)らである。
「だって、酒宴を開こうにも、アワビ一つありませんよ」
「何だって!アワビはついこの間、鬼の寝屋島に獲りに行かせたばかりではないか!」
「余りに財政が苦しかったゆえ、全部売り払っちゃいました」
通宗は激怒した。
「酒宴の主役がなくて、歌合が開けるかっ!」
「もっともです」
「何かよい案はないのか?」
シロアリのボスは少し考えてから答えた。
「増税しかありませんな」
「増税はし尽くしているはずだ!これ以上、何を増税しようというのか?」
「まだ一つ、残っているではございませんか」
「思いつかぬ」
「ほら。光浦の漁師たちに、もう一度鬼の寝屋島へ行かせるのですよ」
通宗は躊躇(ちゅうちょ)した。
「鬼の寝屋島への漁は危険ゆえ、年一回に限っている。年に二回も行かせるのは、さすがに気が進まぬ」
「では、他に何か別の案でもございますか?」
「……。ない」
「では、決まりですね」
「やむをえまい。今年だけ、もう一度行ってもらおう」
「事は重大です。守自ら丁寧に説明をしなければ、民は増税を容認しないでしょう」
「分かった。オレが自ら命じに行く」
通宗とシロアリたちは、用心棒の押領使たちを率いて光浦に向かった。
で、漁民たちを集めたのである。
「なんだなんだ?」
「守さまが大事な話があるそうだ」
「ふん。どうせろくな話じゃないだろう」
赴任時には通宗に期待していた漁師や海女たちは、とうに失望していた。
「あーあ。着任したときは名君だと思ったのにな」
「前よりひどかった」
「まるで増税大魔王だぜ」
「シッ!聞こえるよっ」
集まった中には、オレの女!な海女もいた。
オレの女!な海女は、じっとりと通宗を見つめ、目で訴えていた。
(ウソつき!)
「オッホン!」
シロアリのボスが漁民たちのざわめきを制した。
「えー、大事なお話なので、守自らみなにお命じになる」
通宗は口を開いた。
「鬼の寝屋島の件であるが、今年はもう一度、漁に行ってもらう」
「何ですと!」
漁師たちは騒いだ。
「鬼の島にはこの前行ったばかりじゃないですか!」
「年一回じゃないと体が持ちませんて!」
「どういうことですか!むちゃくちゃすぎる!」
漁民たちは騒いだが、バラバラと押領使たちに取り囲まれ、ギリギリ弓を引き絞られると、みんな黙ってしまった。
通宗は恫喝(どうかつ)した。
「厳命する!もう一度鬼の寝屋島へ行き、各々一万個ずつアワビを持って帰って来い!オレは不退転の覚悟でこの命令を下しにきた!行ってくれるであろうな?」
漁民の長老が進み出て答えた。
「承知しました。明日、漁民総出で出航いたします」
「それでよい」
通宗は勝ち誇った。
長老の気が変わらないうちに、他の漁民が異議を唱えないうちに、とっとと引き上げることにした。
国衙へ帰る途中、笑いがこみ上げてきた。
「ワッハハハハ!」
愉快げに、シロアリのボスに話しかけた。
「増税なんて、ちょろいもんだな。こんなことなら、もっと早くやっておけばよかった」
「ごもっとも」
翌朝、光浦の漁民たちは総出で出航した。
ところが、一昼夜過ぎても誰一人として光浦に帰ってこなかった。
「どういうことだ?」
通宗は光浦へ様子を見に行った。
オレの女!な海女の宅の柱に、書き置きがあった。
それにはこう書かれていた。
. みんなで越後へ出航します。もう光浦には帰りません。永遠にさよなら。
「何だってぇー!」
通宗は絶叫した。
「冗談だ!こんなことはありえない!しばらくしたら、みんなまた帰ってくるさっ!」
しかし、何日待っても何度光浦に様子を見に来ても、誰一人として帰ってくることはなかった。
「そんな〜」
通宗は浜で頭を抱えた。暴れた。汚い砂にまみれた。
「バカなバカなバカな!オレのアワビはー!? オレの歌合はー!? オレの出世はどうなるんだあー!!」
* * *
以後、鬼の寝屋島でのアワビ漁は途絶えてしまったという。
[2012年1月末日執筆]
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